ビンスの父ビンスがつくったWWWF――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第1回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」WWEヒストリー第1回


 ニューヨーク・ニューヨーク。プロレスの本場はなんたってニューヨーク。ひのき舞台はマンハッタンのどまんなかにそびえる“格闘技の殿堂”マディソン・スクウェア・ガーデンである。

ビン・マクマホン・シニア

ビン・マクマホン・シニアのひじょうにめずらしい1950年代のポートレート。(米専門誌『オフィシャル・レスリング』1956年より)

 そのルーツにあたるギルモアズ・ガーデン(1874年)から初代マディソン・スクウェア・ガーデン(1879年)、二代目ガーデン(1890年)、三代目ガーデン(1925年)をへて、四代目ガーデンが現在のロケーション、7番街と西34丁目のコーナーに移転してきたのは1968年2月。

 WWEの創立は、いまから53年まえの1963年5月発足のWWWF(ワールド・ワイド・レスリング・フェデレーション=世界広域レスリング連盟)までさかのぼる。

 WWWFを設立したのは東海岸エリアの大プロモーターで、ビンス・マクマホンの父ビンス・マクマホン・シニアだった。父親のフルネームはビンセント・ジェームズ・マクマホンで、息子はビンセント・ケネディ・マクマホン。

 “先代”が健在だった80年代前半までは、シニアのほうがビンス・マクマホンで、やがてアメリカのレスリング・ビジネスを完全制圧する現在進行形のビンスはあくまでもビンス・マクマホン・ジュニアだった。オールド・ファンのなかにはいまでもビンスをマクマホン・ジュニア、ビンス・ジュニアと呼びつづけている人もいる。

 ビンス自身はこの“ジュニア”という愛称にある種のトラウマを感じていたのだろう。1984年5月に父ビンス・シニアが死去したあとは、この“ジュニア”のところだけをみずから削除してしまった。

 WWEのテレビ番組の画面に映し出されるテロップはそれ以来ずっと“Vince McMahon”とだけ表記されている。プロレスラーとしてリングに上がる場合は、ごくシンプルに“ミスター・マクマホンMr McMahon”。“ジュニア”という表現にはなんとなく“半人前”というニュアンスがあるのかもしれない。

 WWEで活躍したレイ・ミステリオ、チャボ・ゲレロ、テッド・デビアス(“ミリオンダラー・マン”テッド・デビアスの息子)のリングネームももともとはレイ・ミステリオJr、チャボ・ゲレロJr、テッド・デビアスJrだったが、WWEデビューと同時に“ジュニア”だけがきれいに削除された。

 ビンス・シニアもじつは二代目プロモーターだった。ビンス・シニアの父、つまりビンスの祖父ロドリック“ジェス”マクマホンは、1920年代から“大恐慌の30年代”にかけてニューヨークでプロレスとプロボクシングのプロモーターとして活躍した人物だった。

 父ジェスの後継者としてビンス・シニアがマディソン・スクウェア・ガーデンでプロレスの試合をプロモートするようになったのは第二次世界大戦後の1956年11月。メインイベントはアントニオ・ロッカ対ディック・ザ・ブルーザーのシングルマッチだった。

 この時代のガーデンの絶対的なメインイベンターはロッカ、“ネイチャー・ボーイ”バディ・ロジャース、ジェリー&エディのグラハム兄弟、ジョニー・バレンタインらで、ルー・テーズやディック・ハットンといったNWA系のスーパースターは50年代後半はほとんどニューヨークまでは足を運んでいない。

 ニューヨークのボス、ビンス・シニアはすでに40代に手が届きつつあったNWA世界ヘビー級王者テーズを“田舎のチャンピオン”ととらえ、テーズはテーズで大都会ニューヨークとニューヨーカーという人種を嫌っていたという。

 ビンス・シニアのお気に入りだったバディ・ロジャースは1961年6月にパット・オコーナーを下しNWA世界王座を獲得したが、1年7カ月後の1963年1月にカナダ・トロントで46歳のテーズに敗れベルトを失った。“セントルイスNWA”がニューヨークを本拠地としていたロジャースを失脚させたのだった。

 ビンス・シニアは1963年3月、みずからの興行エリアのひとつだったオハイオ州クリーブランドにWWWA(ワールド・ワイド・レスリング・アソシエーション)という新団体をつくった。これがWWWFの“試作”だった。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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