ビンス・シニアが愛したロジャース・ブランド――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第5回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」WWEヒストリー第5回


 WWEのルーツ、WWWFにはWWWA(ワールド・ワイド・レスリング・アソシエーション)という“試作”が存在した。古い資料をひもといてみると、この団体は1963年3月にオハイオ州クリーブランドで発足、同年5月に活動休止という記録が残っている。

バディ・ロジャースの全盛期のカラー写真はひじょうにめずらしい。(米専門誌『TVレスリング』の表紙=1961年)

バディ・ロジャースの全盛期のカラー写真はひじょうにめずらしい。(米専門誌『TVレスリング』の表紙=1961年)

 団体オーナーはビンス・マクマホン・シニア、トゥーツ・モント、ラリー・アトキンスの3人。初代WWWA世界ヘビー級チャンピオンは、王座決定戦(1963年3月28日=クリーブランド)で“ネイチャーボーイ”バディ・ロジャースを下した黒人スーパースターのドリー・ディクソンだった。

 WWWAは発足からわずか2カ月たらずで消滅し、その直後にニューヨークでWWWF(ワールド・ワイド・レスリング・フェデレーション)が誕生している。ロジャースがカナダ・トロントでルー・テーズに敗れNWA世界ヘビー級王座を失ったのが同年1月24日だから、マクマホン・グループはこの時点ですでにNWA脱退―WWWF設立に動いていたとみるのがより自然だろう。

 ロジャースがNWA世界王座を保持していたのは1961年6月から1963年1月までの1年7カ月間。アメリカは公民権運動と人種差別反対デモ、ベトナム戦争介入、キューバ危機の時代だった。マリリン・モンローの変死(1962年8月5日)がマスメディアを騒がせたのもこのころだ。

 “JFK”ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのは、WWWF発足から半年後の1963年11月22日(大統領就任は1960年11月)。

 ケネディ大統領もジョン・ウェインも、ロジャースもフレッド・ブラッシーもビンス・シニアも、前髪を額から後ろにきれいになで上げてふくらませるポンパドゥールpompadourという流行のヘアスタイルをトレードマークにしていた。ビンス・マクマホンの“大暴れしても絶対に乱れない髪”は、このポンパドゥールの現代版である。

 全米一のスーパースターで“公称33歳”のロジャースは、じつはNWA世界チャンピオンになったときにはすでに40歳になっていて、心肺機能にトラブルを抱えていた。ビンス・シニアはそんな“取り扱い注意”のロジャースをニューヨークにとどめて大切に保護した。

 ビンス・シニアとサム・マソニックNWA会長の政治的な対立から、ロジャース対テーズのいわくつきのタイトルマッチは1962年に2度、計画されたが、ロジャースの体調不良を理由にこの試合は2度とも延期=中止となった。

 1962年8月、ロジャースはオハイオ州コロンバスの試合会場でカール・ゴッチ、ビル・ミラーらと乱闘を演じ、ドレッシング・ルームのドアに腕をはさまれて右手首を骨折。同年11月にはカナダ・モントリオールでキラー・コワルスキーとの試合中に足首を骨折。ようやく戦列復帰を果たしたのは翌1963年1月21日のマディソン・スクウェア・ガーデン定期戦、つまりトロントにおけるテーズとの世界タイトルマッチの3日まえだった。

 ロジャース対テーズのNWA世界タイトルマッチは当時のスタンダードだった“60分3本勝負”ではなく、なぜか“60分1本勝負”の変則ルールでおこなわれた。

 NWAはなにがなんでもロジャース(とビンス・シニア)からチャンピオンベルトを“押収”しようとした。レスリングそのものの実力では、ロジャースはテーズにはとうていかなわず。タイトルを失った。

 ビンス・シニアは、ボロボロになってしまったロジャースをそれでもマディソン・スクウェア・ガーデンの主役の座から降ろさなかった。あるいは、ニューヨークの新団体WWWFのセンセーショナルな幕開けを演出するため、千両役者のロジャースには“最後の大仕事”が用意されていたということになるのかもしれない。

 そして“運命の5月17日”(1963年)がやって来る。ロジャースは、わずか48秒という短時間でキャンバスに大の字にノビた。いまでいうところの“秒殺”である。新しい時代のスーパースター、ブルーノ・サンマルチノの出現だった。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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