“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノの“わかりやすさ”――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第6回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」WWEヒストリー第6回


 “人間発電所”ブルーノ・サンマルチノは、すい星のごとく現れたスーパースターだった。1963年5月17日、ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデンでバディ・ロジャースをわずか48秒で下してWWWF世界ヘビー級チャンピオンになったとき、サンマルチノはまだキャリア4年、28歳の無名の若手レスラーだった。

若き日のブルーノ・サンマルチノ

WWWF世界ヘビー級王座を獲得したころの若き日のブルーノ・サンマルチノ。腰に巻いているのは“初代”のチャンピオンベルトだ。(『WWEオフィシャル・マガジン』より)

 ロジャースからギブアップを奪った技は、日本式にいうとカナディアン・バックブリーカー。パワーボムのような体勢で相手の体を持ち上げて、そのまま自分の右肩の上にのせて絞めあげる単純明快な怪力サブミッションである。

 アメリカではこの技はシンプルにバックブリーカーbackbreaker=背骨折りと呼ばれ、カナディアン(カナダの、カナダ人の、カナダ式の)という形容詞はついていない。ちなみにバックブリーカーの“ブリーカー”は、“ブレイカー”または“ブレーカー”と表記したほうがより英語の発音には近いが、アルゼンチン・バックブリーカー、シュミット流バックブリーカー、ワンハンド・バックブリーカーといったぐあいにプロレス用語としては“ブリーカー”のほうが一般的になっている。

 サンマルチノはイタリア北部の山岳地帯アブルーチ地方の生まれだから、60年代に“イタリアン・バックブリーカー”という名称が発明されていたとしたら、カナディアンよりもイタリアンのほうが定着していたかもしれない。

 “人間発電所”は、サンマルチノのニックネームであるパワーハウスpowerhouse=発電所をそれらしい日本語に変換した翻訳の傑作である。ただし、ここでいうパワーハウスは、発電所というよりは“力持ち”“力自慢”といったニュアンスと考えたほうがいいだろう。

 サンマルチノの家族は、サンマルチノが15歳のときにイタリアからアメリカのペンシルベニア州ピッツバーグに移住。少年時代から重量挙げをはじめ、メルボルン・オリンピック(1956年)の代表候補にもなった。プロボクサーをめざしたこともあったが、1959年にニューヨークでプロレスラーとしてデビューを果たす。

 サンマルチノは、ビンス・マクマホン・シニアがイメージするところのニューヨーク・ニューヨークの主役にピッタリの逸材だった。サンマルチノ自身もまたマディソン・スクウェア・ガーデンのリングで闘うことにひじょうに強いこだわりを持っていた。

 大都会ニューヨークは“人種のるつぼ”で、プロレスの観客層もまた“人種のるつぼ”である。50年代のニューヨーク・マットでは、アルゼンチン出身でスペイン語をネイティブ・ランゲージとして話すアントニオ・ロッカが一世を風びした。

“怪豪”イワン・コロフ

サンマルチノがバディ・ロジャースを48秒で秒殺し、WWE世界ヘビー級王座を獲得した歴史的一戦(1963年5月17日=マディソン・スクウェア・ガーデン)。写真は米専門誌『レスリング・レビュー』より。

 50年代の終わりから60年にかけてのアメリカは公民権運動の時代で、ニューヨークやワシントンDCをはじめ、全米各地で黒人の大暴動が起きた。ビンス・シニアは、黒人スーパースターのドリー・ディクソンを新団体の主役に抜てきするプランを立てていたが、この“企画”は政治的問題を心配した周囲の反対で実現しなかった。

 いっぽう、いわゆるブルーカラー層の出身で、イタリア語を話すイタリア系移民のサンマルチノは、より広い観客層に支持されるであろう新しい時代のベビーフェースとしての条件をすべて兼ね備えた28歳の若手レスラーだった。

 身長5フィート10インチ(約178センチ)、体重265ポンド(約120キロ)のサンマルチノはいかにも強そうな体つきをしたチャンピオンで、得意技はマシンガン・キック、ニーリフト、ベアハッグ、そしてトレードマークのバックブリーカー。典型的な正統派だから反則は絶対にやらない。

 試合時間はきわめて短く、パッと出てきて、パッと勝って、すぐに帰ってしまうという独特の流儀をこしらえた。このわかりやすさが圧倒的な人気を集め、これがニューヨーク・スタイルとしてのちのハルク・ホーガンに引き継がれていくことになるのだ。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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