ガーデンの主役はやっぱりサンマルチノ――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第12回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」月~金更新 WWEヒストリー第12回


 それはミステリアスな王座移動シーンだった。ペドロ・モラレスがスタン・スタージャックをバックドロップの体勢で抱え上げると、スタージャックはコーナーのターンバックルを両足でキックした。上になったスタージャックと下になったモラレスがかさなり合うようにしてキャンバスに落下した。

38歳になったサンマルチノは、全盛期には275ポンド(約125キロ)あった体重を235ポンド(約106キロ)までスリムダウンしてニューヨークに帰ってきた。(写真は米専門誌『インサイド・レスリング』=1974年より)

38歳になったサンマルチノは、全盛期には275ポンド(約125キロ)あった体重を235ポンド(約106キロ)までスリムダウンしてニューヨークに帰ってきた。(写真は米専門誌『インサイド・レスリング』=1974年より)

 レフェリーは両者ノックダウンのポジションを確認し、ダブル・フォールのカウントを数えた。3つめのカウントで、スタージャックの右肩だけがかすかに上がった。試合終了のゴングが鳴った。その日、フィラデルフィア・アリーナに足を運んだ4500人の観客は、モラレスのいつもどおりの王座防衛をまったく疑わなかった。

 土曜の夜のなんでもないハウスショーでそんな大事件が起きるはずがない。新チャンピオン誕生のような大きなドラマは、マディソン・スクウェア・ガーデンのリングでしか起こらない。車で2時間ちょっとのドライブとはいっても、フィラデルフィアの観客にとってニューヨーク・ニューヨークはそれくらい遠いところだった。

 この試合をライブで目撃したオールド・ファンの証言によれば、試合終了後、レフェリーはモラレスの右手を上げなかったし、スタージャックの右手も上げなかった。リング・アナウンサーは「モラレスに大きな拍手を」とだけ叫び、スタージャックはなぜかチャンピオンベルトを受けとらずにリングを下りたのだという。

 それがまぎれもなく王座移動シーンだったことは、この試合から3日後(1973年12月4日)、ペンシルベニア州ハンバーグでおこなわれたTVテーピングでようやく明らかになる。WWWFヘビー級王座のベルトを腰に巻いてリングに登場してきたスタージャックは、“TVレスラー”のエル・オリンピコをほんの3分で軽くひねった。

 実況アナウンサーのビンス・マクマホン・ジュニア(現在のビンス・マクマホン)は、スタージャックを新チャンピオンとして紹介し、フィラデルフィアにおける王座移動の経緯を視聴者にかんたんに説明した。

スタン・スタージャック(写真)は、モラレス政権から第2次サンマルチノ政権への“ワンポイント・リリーフ”だった。(米専門誌『インサイド・レスリング』=1974年より)

スタン・スタージャック(写真)は、モラレス政権から第2次サンマルチノ政権への“ワンポイント・リリーフ”だった。(米専門誌『インサイド・レスリング』=1974年より)

 スタージャック(正しい発音はステイジアック=本名ジョージ・E・スティピッチ)はカナダ・ケベック出身、キャリア16年、36歳のいわゆる中堅ヒール。90年代後半から00年代前半にかけては息子のショーン・スタージャックも一時WWEで活躍した。

 得意技は対戦相手の心臓を打ち抜く(とされる)“ハート・パンチ”で、モラレスと両者大流血の因縁マッチ(1973年8月27日と同10月15日)を演じてガーデン定期戦の常連となったが、実績らしい実績はそれくらいで、これといった特徴のないレスラーだった。

 5日後に予定されていたガーデン次回定期戦(12月10日)のカード編成が一部修正され、タイトルマッチとしてラインナップされていたモラレス対ラリー・ヘニングの一戦はノンタイトルの“テキサス・デスマッチ”となり、当初はノンタイトルだったブルーノ・サンマルチノ対スタージャックのシングルマッチが急きょタイトルマッチに変更された。

 ビンス・マクマホン・シニアがピッツバーグのサンマルチノの自宅に“緊急ミーティング”の電話をかけてからちょうど3カ月が経過しようとしていた。ビンス・シニアは「主役のポジションを用意して待っている」とサンマルチノに伝え、電話を切った。

 1963年5月、“ネイチャー・ボーイ”バディ・ロジャースを下しWWWF世界ヘビー級王者になったとき28歳だった“人間発電所”は、38歳になっていた。サンマルチノは、ビンス・シニアのこのビジネス・オファーにあまり乗り気ではなかったらしい。

 サンマルチノは、トップロープに上がったスタージャックをデッドリー・ドライブ式のボディースラムでキャンバスにたたきつけた。

 “ブルーノ! ブルーノ!”

 ガーデンに集まった2万人のニューヨーカーの大合唱は――永遠のように――つづいた。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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