ビンス・マクマホンの近未来SF“1984”――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第32回

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 ビンス・マクマホンの全米マーケット進出プロジェクトをアメリカ各地のプロモーター、インサイダーは“1984”と呼んだ。

ビンス・マクマホンの近未来SF“1984”

“1985年のハルク・ホーガン”はスーパーヘビー級の体格だった。イエローのタイツ、イエローのブーツがトレードマークになるまえはライトブルー、ホワイトのタイツを身につけることもあった。(写真はアメリカのWWEオフィシャル・ブログラム表紙)

 イギリスの作家、ジョージ・オーウェルが1949年に発表した近未来SF小説『1984』は、全体主義の国家権力と徹底した管理システムによる絶対的支配の恐怖を描いた問題作だった。

 NWA、AWA、WWEのメジャー3団体の“不可侵条約”とその地理的バランスを不文律ととらえていたアメリカじゅうのローカル・プロモーターたちの目には、ビンス新体制によるテリトリー拡大計画が“破壊活動”に映った。

 父ビンス・マクマホン・シニアがビンス“ジュニア”のプランをどのくらいまで察知していたかはいまとなってはわからない。

 WWEの全米制圧作戦がスタートする1年まえにマクマホン・シニアはAWAのプロモーターだったウォーリー・カルボ、オレゴンのプロモーターのドン・オーエンら古くからの友人たちに電話をかけ「レスリング・ビジネスは大きく変わる。私たちはもう引退したほうがいい」と伝えたとされる。

 ビンスは、それまで通算5年10カ月にわたってニューヨーク・マットの主役をつとめてきたボブ・バックランドをあっさりと失脚させ、“新しい時代の顔”としてハルク・ホーガンを獲得した。

Aug1985 mag

アメリカでいちばん有名なスポーツ・セレブリティーとなったハルク・ホーガン。人気ロックシンガーのシンディ・ローパーも“1984体制”の重要な登場人物だった。(写真はアメリカの一般誌「USマガジン」1985年5月号の表紙)

 ニューヨーカーにとってホーガンはいわゆるニューカマーではなくて、“生誕の地”に帰ってきたスーパースターということになる。

 ホーガンがマディソン・スクウェア・ガーデン定期戦のリングに初めて登場したのは1979年12月17日(テッド・デビアスにフォール勝ち)。テリー・ボウダー、スターリング・ゴールデンといったリングネームでフロリダ、アラバマ、テネシーなどの南部エリアをツアーしていた無名の新人を“発掘”し、ニューヨーク仕様の“ハルク・ホーガン”という新リングネームを与えたのはほかでもないビンス・シニアだった。

 ホーガンがヒール、アンドレ・ザ・ジャイアントがベビーフェースというシチュエーションで、のちの“レッスルマニア3”のメインイベントとなるシングルマッチが実現したこともあった(1980年8月9日=シェイ・スタジアム)。

 ホーガンはWWEのブッキングで新日本プロレスに“輸出”され、1980年春から1983年までの約4年間は年間15週間を日本のリングで過ごした。また、映画『ロッキー3』(1982年)でシルベスター・スタローンと共演し、プロレスではないステージで世界的な知名度を手に入れたことも“ホーガン時代”の到来を予感させた。

 ビンスとホーガンが東京のホテルで専属契約書にサインを交わす6カ月まえ、ホーガンはアントニオ猪木を“舌出し失神KO”で下し、IWGPのチャンピオンベルトを腰に巻いた(1983年6月2日=蔵前国技館)。新日本プロレスを舞台とした長編ドラマは、そのあとにつづくWWEでのサクセス・ストーリーのプロローグになっていた。

 ブルーノ・サンマルチノのわかりやすい強さと“スーパースター”ビリー・グラハムのビジュアルをうまくミックスし、さらにたぐいまれなタレント性を兼ね備えたホーガンのキャラクターは、バックランドに拒絶反応を示しはじめていたニューヨーカーが待ち望んでいた新しいヒーロー像だった。

 その日、ガーデンに集まった2万6292人の大観衆は、タイトルマッチそのものよりも試合終了のゴングが打ち鳴らされる瞬間だけを待っていた(1984年1月23日)。

 “アヤトラ”フレッド・ブラッシーをマネジャーにつけたWWE世界ヘビー級王者アイアン・シークは、マイクをつかみ「USAサックス」と叫んだ。ホーガンの十八番レッグドロップが決まり、レフェリーがキャンバスを3回たたいた。ホーガンは観客席に向かってチャンピオンベルトを誇示した。これが“1984”の幕開けだった――。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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