サンマルチノ・ブランドと親子の断絶――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第40回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」月~金更新 WWEヒストリー第40回


 1985年5月20日のマディソン・スクウェア・ガーデン定期戦のメインイベントは、ハルク・ホーガン対“マグニフィセント”ドン・ムラコのWWE世界ヘビー級選手権とブルーノ&デビッド・サンマルチノ対ブルータス・ビーフケーキ&ジョニー・バリアントのダブル・フィーチャーだった。

サンマルチノ・ブランドと親子の断絶

ブルーノと息子デビッドのサンマルチノ親子。“生ける伝説”サンマルチノは、ジュニアのプロレス入りに反対だったという。(写真は米専門誌「インサイド・レスリング」の表紙)

 “生ける伝説”ブルーノ・サンマルチノは、息子デビッドとの親子タッグチーム結成というドラマづくりのために約4年ぶりにガーデンのリングにカムバックした。

 サンマルチノが引退を決意したのは1981年10月のことだった。全日本プロレスの創立10周年記念興行に来日し、ジャイアント馬場とのコンビでタイガー・ジェット・シン&上田馬之助とタッグマッチで対戦。これが事実上の引退試合となった(1981年10月9日=東京・蔵前国技館)。 

 引退セレモニーをおこなわないままリングを降りたサンマルチノは、それから3年後の1984年9月、TVショー“スーパースターズ・オブ・レスリング”のカラー・コメンテーターとしてWWEに復帰した。ビンス・マクマホン・シニアはこの4カ月まえにすい臓ガンのため死去し、ビンス・マクマホン“ジュニア”が名実ともにニューヨークのボスの座をテイクオーバーしていた。

 ビンスは、サンマルチノに現役復帰を勧めた。49歳のサンマルチノは「もう私の時代ではない」とこのオファーを断ったが、ビンスは「デビッドの売り出しにはあなたの力がどうしても必要なんだ」と殺し文句を突きつけ、頑固なサンマルチノを口説き落とした。

 サンマルチノの息子デビッドは、1978年に19歳でプロレスラーとしてデビューした。デビッドをコーチしたのはサンマルチノのまな弟子のラリー・ズビスコで、父親のサンマルチノは息子のプロレス入りには大反対だった。

 デビッドはブルーノ・サンマルチノ・ジュニアのリングネームでジョージア、フロリダ、アラバマといった南部エリアをサーキット後、父親のWWE復帰と同時に初めてニューヨークのリングに登場した。

 ビンスは、デビッドにデビッド・ブルーノ・サンマルチノという新リングネームを与えた。ビンスはみずからのトラウマでもあった“ジュニア”という表記をサンマルチノの息子からも削除した。“二代目”は身長も体重も先代とほとんど同じサイズで、試合運びも持ち技のレパートリーも父親のそれを模倣したものだったが、ニューヨーク・ニューヨークの観客の反応はなぜかデビッドに冷淡だった。

 “レッスルマニア1”(1985年3月31日)の前座カードに出場したデビッドは、シングルマッチでブルータス・ビーフケーキと対戦したが、観客の視線はデビッドのセコンドについたサンマルチノに集中した。

 サンマルチノはビンスの「デビッドの売り出しのため」ということばを信じて「ほんの数試合という約束」(サンマルチノ談)でリングに上がったが、気がつくとブルーノ&デビッドのサンマルチノ親子はガーデン定期戦だけでなくニューヨーク北部、フィラデルフィア、ボストン、ピッツバーグといった東海岸の人気エリアをツアーするようになっていた。

 父ブルーノと“親子タッグ”を組むことでデビッドはメインイベントの空気を体験したが、翌1986年、WWEを退団。単身、ライバル団体AWAに活躍の場を求めた。父親と息子のあいだになにがあったかは明らかにされていない。

 デビッドは偉大すぎる父の“巨大な影”のなかでもがき苦しみながらプロレスラーとしての自立を望み、父親は最後の最後まで「お前にはこの世界に入ってほしくない」と息子を説得しつづけた。

 デビッドがWWEのリングからフェードアウトしたあとも、サンマルチノは“期間限定出場”という形でリングに上がりつづけた。それはサンマルチノ自身の選択ではなかった。ビンスは、ホーガンとサンマルチノの“夢のコンビ結成”を計画していた。ビンスの頭のなかからはすでにデビッドの存在は消去されていた。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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