“妖鬼Jr”を名乗らなかったバレンタイン――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第45回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」月~金更新 WWEヒストリー第45回


 プロレスラーとしてのキャラクターに“太陽”のようなイメージと“月”のようなイメージのふた通りがあるとしたら、グレッグ・バレンタインは“月”のような光を放つスーパースターだった。いまでも現役選手としてインディー・シーンでマイペースな活動をつづけているから、“だった”という過去形の表現は適切ではないかもしれない。

“妖鬼”ジョニー・バレンタインの息子、グレッグ・バレンタイン

グレッグ・バレンタインは、毒針殺法エルボー攻撃で一世を風びした“妖鬼”ジョニー・バレンタインの息子。しかし、父バレンタインが現役で活躍しているあいだはその血縁関係が明らかにされることはなかった。(写真はアメリカの専門誌『プロレスリング・イラストレーテッド』表紙より)

 父親は“毒針殺法”エルボー攻撃の使い手で、日本では若き日のアントニオ猪木のライバルとして“妖鬼”というニックネームで親しまれたジョニー・バレンタイン。グレッグは1951年、ワシントン州シアトル生まれで、1968年に17歳でプロレスラーとしてデビューした。

 デビュー当時はバレンタインの息子ではなく“弟”ということになっていた。1970年代前半はバレンタイン自身がまだ現役バリバリで活躍していたため、息子の存在は公表されず、そのプロフィルも改ざんされた。“妖鬼”バレンタインは自分とうりふたつのジュニアとの親子タッグ結成を望まなかった。

 グレッグは、ベビーフェース・ネルソンというリングネームでルーキー時代を過ごし、その後はジョニー・ファーゴに改名し、ドン・ファーゴとのコンビでタッグチーム、ファビュラス・ファーゴ・ブラザース(二代目)として活動した。“二世レスラー”としてはどちらかといえば不遇な下積み時代を送った。

 父バレンタインはNWAジム・クロケット・プロモーションをツアー中、小型セスナ機の墜落事故(1975年10月4日=ノースカロライナ州ウィルミントン)で背骨3カ所、両足首骨折の重傷を負い引退。このセスナ機に同乗していたリック・フレアーも背骨と腰を負傷したが、それからわずか4カ月後に戦列復帰を果たした。奇跡的なカムバックだった。

 “先代”バレンタインとフレアーは、この事故の約1カ月まえにタッグチームを結成したばかりで、バレンタインはキャリア3年の売り出し中の若手ヒールだったフレアーのアドバイザー的な立場だった。

 結果的に、父バレンタインの突然の引退が息子グレッグを表舞台にひっぱり出した。26歳のフレアーと24歳のグレッグは、金髪のロングヘアとおそろいのロングガウンをトレードマークに新タッグチームを結成することになる。

 ここで初めてバレンタイン親子の血縁関係が明らかにされ、グレッグもそれまで封印していた父親譲りの毒針殺法を解禁した。フレアーが“リック・フレアー”としての自我にめざめたのもちょうどこのころだった。

 フレアーがシングルプレーヤーとしての道を歩みはじめると、グレッグもシングルプレーヤーとしてWWEと契約。1980年代前半はWWEヘビー級王者ボブ・バックランドのライバルとして東海岸エリアをサーキット。その後はWWEとNWAクロケット・プロを何度も往復しながらメインイベンターの座をキープした。

 ビンス・マクマホンが全米マーケット進出プロジェクトをスタートさせた“1984体制”以後はWWEに定着し、ティト・サンタナを下して“ナンバー2”のポジションにあたるインターコンチネンタル王座を獲得(1984年9月24日=カナダ・オンタリオ)。

 マディソン・スクウェア・ガーデン定期戦でハルク・ホーガンとも対戦し(1985年4月10日)、ブルータス・ビーフケーキとのコンビではバリー・ウインダム&マイク・ロトンドのUSエキスプレスからWWE世界タッグ王座を奪取した(1985年8月24日=ペンシルベニア州フィラデルフィア)。

 ビンスにとって、グレッグはどんなポジションでもこなせる、ひじょうに使いやすいユーティリティー・プレーヤーだったのだろう。父バレンタインは40代後半までメインイベンターをつとめた息の長いスーパースターだったが、息子グレッグはあくまでも職人タイプのバイプレーヤーに徹した。

 いまもなお現役としてリングに上がりつづけるキャリア48年、64歳のグレッグは、アメリカのインディー・シーンの大御所のなかの大御所。光沢のある厚いベルベット地に金色のスパンコールが散りばめられたロングガウンが似合うオールドファッションなスーパースターは、フレアーとグレッグのふたりだけになった。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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