「牛すき鍋膳」を最高においしくする2分50秒の攻防戦――連続投資小説「おかねのかみさま」

みなさまこんにゃちは大川です。

連続投資小説『おかねのかみさま』25回めです。

今回の原稿も六本木「SLOW PLAY」で書きました。
カウンターの一番奥で書いてます。

※⇒前回「大きな宿題」


〈登場人物紹介〉
健太(健) 平凡な大学生。神様に師事しながら世界の仕組みを学んでいる
神様(神) お金の世界の法則と矛盾に精通。B級グルメへの造詣も深い
死神(死) 浮き沈みの激しくなった人間のそばに現れる。謙虚かつ無邪気
美琴(美) 普通の幸せに憧れるAラン女子大生。死神の出現に不安を募らせる
美熟女(熟) 銀座の高級クラブ「サーティンスフロア」のママ。

〈第25回 2分50秒〉
「うん。お医者さんも若手社長もみんなとっても楽しそうだったんだけど、大画面の反対側の下座に座った社長さんだけは静かに画面を眺めてて、たまたま隣に座ることになった僕は、ちょっと唐突だけど質問をさせてもらったんだ」

「なんて?」

「綾ちゃんと同じ質問。『どうやったら、こんなにお金持ちになれるんですか?』って」

「オー」

「そしたら社長、遠くを見ながらこう言ったんだよ」

「ゴクリ…」

「『良いものをつくって、普通の値段で売ることです』」

「良いもの…」

「でも、それふつうじゃない?」

「いや、普通じゃないんだ。残念ながら。何よりもその時の僕が売っていたもの自体がそうじゃなかった。『こんなもんでいいでしょ』ってバレない程度のものを、一日中電話で売りつけてただけだった。だからこのときの社長の言葉は本当にショックだったんだよ。なんかこう、すべてを見透かされてしまったような、わかるかな」

「ウンウン」

「でも、そこからココロを入れ替えるとかしたらいいのよね?」

「うーん、もうね、会社って自分で始めちゃうと途中でキャラ変えられないんだよね」

「そんなもんなんだ」

「変えたいけどねー」

「そんな、まだ間に合うと思います!いま気づいてるなら!まだ、いい会社にすることだって!その社長さんにせっかく会えたのもきっと何か理由があるんだし!いまからでもその社長としっかりお話したらきっとよくなるとおもいます!」

「みことちゃん…」

「ね。そうだよね。だけどその方は僕がお会いした10か月後に亡くなっちゃったんだ」

「!!!」

「ご、ごめんなさい…」

「いや、いいんだよ。でも結局そのあと一度もお会いできないまま、亡くなったっていうことだけ知らされたから、自分としては大きな宿題をもらっちゃった気持ちのままでね。結局まだなんにもできてないけど、そういう状態でなんとなく毎日過ごしちゃってる感じはたまに思い出しちゃうから、ねぇ」

「そう…」

「ま、次の人生かな。次の人生のときは、良いものを作って普通の値段で売ろうとおもう。うん。そうするよ」

「そうね!じゃ、みんなで乾杯しましょ!ね!」

「ウェーイ!!!」

「かんぱーーーーーーい!!!」

――――
――


01:12 蒲田駅前 居酒屋リグレット

「おつかれさまでしたー」
「おつかれー」

テクテクテクテク ウィーン テクテクテクテク
テクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテク
テクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテクテク

ウィーン

「イラッシャイマセー」

「牛すき鍋膳ください」
「ナミデヨロシイデスカ?」
「はい」

「スキナベイッチョー」
「ピコピコピコ…ピコピコ…ピコピコピコピコ…」

「スキナベオマタセシマシター」

「僕はここから3分待つ。なぜなら玉ネギに味が染みてないからだ。僕は今日、給料が出た。正確には僕のゆうちょ口座に給料が振り込まれたはずだ。だから僕は、今日は自炊せずにここに贅沢をしに来た。この贅沢をはじめてからもう3回め、やっと僕は自分なりのスタイルを確立した。初めて来た時にはすき焼きの匂いに逆らえず、脇目もふらずに肉から食べてごはんが1/3も余ってしまった。そして残されたのは小さな豆腐と数本のうどん。それに白菜が2枚。残されたライス量に動揺した僕は、とっさに紅しょうがをライス上に山盛りしてしまったが、今考えるとそれは間違いだった。あの時、僕は生卵と一緒にオールライスを鉄鍋に投げ込めばよかったんだ。そしてある程度タマゴが固まる頃、素敵なあまから雑炊にありつけていたはずだった。いつもつきまとう後悔、だけど僕はその度に前に進んでいる。二回目に作った雑炊は、おいしかったけど100点じゃなかった。そう。白米本来の良さg…」

「うるせぇよ」

「…す、すいません…」

「……」

「あの…」

「なんだよ」

「怒られついでといってはなんですが…、」

「…」

「ぼく…、まちがってますかね」

「あ?」

「ぼく…」

「合ってるよ。その食い方は正解だ。こいつらは本物のすき焼きを食ったことがないから重さだけ計って肉と野菜とうどんと豆腐を決められた量だけ入れるんだ。だから客の側もそれを見ぬいた上で、最高の状態で食べなくちゃいけないんだ。お前の言うとおり、白菜と玉ねぎどころか、肉にも味をなじませる必要がある。さっきお前は3分と言っていたが、正確には2分50秒だ。わかるか?その10秒でお前は下の方の玉ねぎを先に食べて、まずはその甘辛い汁に身体を馴染ませてからおもむろに肉と白菜を掴めばいい。ほら、これで口に入れた瞬間に3分7秒だ。あとはお前のやりたいようにやれ」

「……」
「……」

「し」
「…」

「師匠って呼んでもいいですか…?」
「弟子はとらねぇ」

「そうですか…」

「…」

「あの…」

「…なんだ」

「ずいぶんお料理にお詳しい方とお見受けしましたが…、失礼ですが、お仕事はなにを…」

「コールセンターだ」

「こーるせんたー?」

「テレアポだよ。マンションの営業。1000人に電話して、馬鹿が3人ひっかかる。そいつらに会いに行って安心させて、印鑑を押させるお仕事だ」

「はぁ…」

「なんだよ」

「でも、それだとお料理に詳しい必要がないような…」

「俺は2年前まで、出版社に勤めていた」

「出版社…」

「そうだ。いわゆる大作家さまたちのゴキゲンとりだ。あいつら締め切りなんかひとつも守らねぇくせに、旨いもんだけやたら食いたがる。そういうとき、あいつらを唸らせる店を見つけてきてカウンターの前までお連れして、嫌味にならない程度にご接待するのが俺だった」

「なるほど…」

「ま、いまとなってはお前みたいな意識高い系に説教くれるくらいしか出来ねぇがな」

「…」

「…」

「あの…」
「なんだよ」

「もうひとつだけいいですか?」
「…なんだ」

「もし、もしですよ、寿命を少しだけ売ってお金にできるとしたら、師匠はどうしますか」

「金額によるが…売るな」

「!!!」

「俺には田舎に妹がいる。妹は今でも俺が出版社の花形編集者だと思ってる。何に使うかは決めてないが、俺はあいつが幸せになるんなら、そのために俺の命を全部売って、この世界からも逃げ出したい。だから、一石二鳥だな」

「妹さん…」

「…」

「あの…」
「なんだ」

「おかねがあれば、妹さんは幸せになるんでしょうか…」

「巻き込まれねぇんだよ」

「へ?」

「不幸だとか幸せだとかは人それぞれだが、カネさえあれば馬鹿や貧乏人に巻き込まれにくくなる。それが俺の結論だ」

「巻き込まれ…にくくなる…」

「おい。4分40秒たってるぞ。くえ」

「あ!!!は、はい!!!」

次号へつづく

【大川弘一(おおかわ・こういち)】
1970年、埼玉県生まれ。経営コンサルタント、ポーカープレイヤー。株式会社まぐまぐ創業者。慶応義塾大学商学部を中退後、酒販コンサルチェーンKLCで学び95年に独立。97年に株式会社まぐまぐを設立後、メールマガジンの配信事業を行う。99年に設立した子会社は日本最短記録(364日)で上場したが、その後10年間あらゆる地雷を踏んづける。

Twitterアカウント
https://twitter.com/daiokawa

2011年創刊メルマガ《頻繁》
http://www.mag2.com/m/0001289496.html

「大井戸塾」
http://hilltop.academy/
井戸実氏とともに運営している起業塾

〈イラスト/松原ひろみ〉
20_nikkan

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