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ビンスが大喜びした“にせエルビス”――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第67回

 その後、アラバマ、ペンサコーラ(フロリダ)、NWAフロリダの南部エリアをサーキット。ウェイン・ファリスのリングネームで全日本プロレスの『第9回チャンピオン・カーニバル」(1981年)に出場。大熊元司にフォール勝ち、ジャック・ブリスコと“殊勲”の30分時間切れの引き分け以外、公式リーグ戦はほぼ全敗というあまり自慢にならない成績を残した。シリーズ中はアブドーラ・ザ・ブッチャー、ブルーザー・ブロディ、キラー・ブルックスといった大物ヒールたちと行動をともにした。  金髪の無名レスラーだったファリスがエルビス的自我にめざめたのは、1985年にカナダ・カルガリーをツアー中のことだった。カルガリーのレスラーたちは、南部なまりまる出しのサザン・アクセントでしゃべるファリスにホンキートンク(南部のバカ騒ぎ、低俗な音楽)というニックネームをつけた。北国カルガリーで生活するようになって、ファリスはようやく自分のなかの南部人気質、ホンキートンクのリズムに気づいた。  ファリスは髪を黒く染めてグリースバックに仕上げ、もみ上げを伸ばし、エルビスのものまねキャラクターに変身した。リングネームはホンキートンク・ウェイン。ルーキー時代にホンキートンク・ウェインといつもドレッシングルームをシェアしていたクリス・ベンワーは後年、「ウェインはいつも『オレはいつかビッグネームになる』と話していた。WWEと契約できてよかったI’m happy for him」とふり返った。ベンワーはあこがれのダイナマイト・キッドとの自己同一化をめざし、ホンキートンクは大まじめでエルビスになりきろうとしていた。
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下積み時代を過ごした仲間と…
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