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元ロッキング・オン編集長・増井修「編集部6人で年間3億円稼いでいた」――ロック雑誌黄金期を振り返る

当時の読者に徹底的に奉仕する本にしたかった

――97年に退社されますが、本書には、辞めてからのことが書かれていません。ネットのレビューをみると「ROとの裁判の経緯など、肝心なことが書かれていない」という意見もありました。 増井:そうですか。この本は熱帯魚だの漫画だの、完全に無駄な要素も満載な一方で、実は削りに削っていく作業が中心でした。あの時代の読者に徹底的に奉仕するんだと決めてからは、そこを掘り下げるだけ掘り下げてみて、とにかく無駄なことは省くと。ですから裁判についても、お互い合意して和解したものについて、いまさらどうやっても自己弁護にしかならないような解釈は添えられないと思いました。辞めてからなどは論外です。読者にとって読みたいことでも何でもありません。と思ってますが。 ――「あとがき」を書かずにばっさり終わっているのもそういった理由ですか? 増井:そうですね。あとがきは書くべきではなく、まえがきで書けることが全部であるべきでした。しらじらしいあとがきとか読みたいですか? ――では最後に、今、いったい増井さんは日常、何をしておられるんですか? また音楽誌をはじめよう、というような気持ちはありませんか? 増井:今日、書店に行ったら内館牧子さんの『終わった人』ってのが売られていて嬉しくなりました。買いませんでしたが。僕はこの本の出版で終わりつつある人から、本当に終わった人になれたんだと、そこは少し誇らしく思います。これもあとがき同様、思わせぶりは避けるべきですから、ほっておいてください。でもね、近日中に味をしめてお知らせするかもしれませんが。 【増井修(ますい・おさむ)】 1959年、新潟県生まれ。編集者。1980年、ロッキング・オン入社。1990年から7年間にわたり『ロッキング・オン』の2代目編集長を務め、熱のこもった編集スタンスで読者を巻き込み、10万部を超える業界ナンバーワン音楽誌へと成長させる。ストーン・ローゼズの才能をいち早く見抜き、日本でのブレイクの立役者となる。UKロックのアーティストを積極的に取りあげ、日本でのムーヴメントを先導、今に連なる礎を築いた。2016年5月、20年の時を経て、編集長時代の7年間を振り返った『ロッキング・オン天国』をイースト・プレスより上梓した。 取材・文/日刊SPA!編集部
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ロッキング・オン天国

ロックを盛り上げ、10万人の読者を巻き込んだ敏腕編集長が、「その熱狂」のすべてを語る!


終わった人

「定年って生前葬」シニア世代の今日的問題を描いた話題作。

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