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オリンピック柔道で金メダルを獲れる限界年齢は何歳?

クラシック柔道からハイスパート柔道へ変質

 ルールや戦術面では、現在の国際ルールでは、すぐに「指導」が与えられますので、勝利を得るためには短い制限時間の中で「先に組む」「相手の組み手を切る」「先に技を仕掛ける」「相手に技を仕掛けさせない」「間断なく連続的に攻撃する」ことが必須条件となります。またリスクを冒して「一本を狙う」よりは軽微な「ポイントを狙う」方が戦術として安全策であると考えられる傾向があります。  アテネ、北京五輪2大会連続金メダリスト・谷本歩実の最大のライバル、ロンドン五輪金メダリストのリュシー・デコス(フランス)は素晴らしい技術を持った名選手ですが、そのデコスでさえもこう語っています。「勝つことと一本をとることは全く別なことなのです。それに気がつかないと、きれいな柔道をしても勝てません。結局、指導(反則)を累積していく柔道に負けちゃうんです」(日本の柔道 フランスの柔道 溝口紀子 高文研 2015年2月)。  日本選手でも、秋山成勲や石井慧などは、一本勝ちに固執しないという心構えを明言していました。秋山は「誤解を恐れずに言うなら、『一本にこだわる』というのは、ある意味、低レベルな話だと思う。(中略)『一本の美学』の素晴らしさは、分かっているつもりだ。ただ、それに固執して、試合に負けてもいいのか?勝負に勝つことを優先させて何が悪いのか?ということだ。『勝つのが一番、勝ち方は二番』あらゆるスポーツ競技において、僕は、そう思っている」(ふたつの魂 KKベストセラーズ 2009年4月)と書いており、石井は「一本を狙っていくというのは、たぶん、よくないと思いますね。競ってくると、なかなか一本なんて取れないので。だいたい、どうして勝つんだろう、どうやって勝つんだろうという中での延長の一本」(FNNニュース 2012年11月1日)と語っています。  そのため現代の柔道の主流のスタイルは一本を狙うより手数で攻める「ハイスパート柔道」と化しており、じっくり組んで機をうかがって切れ味鋭い技を繰り出す「クラシック柔道」は通用しにくくなっています。昔の柔道が長距離走とするならば、現代の柔道は短距離走です。ハイスパート柔道では、スピード・パワー・スタミナといった身体能力の高い選手が有利ですので、どうしても年齢の若い選手が有利になってしまいます。特にスピードが最重要視される軽量級では30歳を超えた選手が世界の頂点を極めるのは至難の業だと思われます。  もう一つ、井上康生全日本男子監督が面白いことを言っています。井上監督はまだ38歳ですので、母校・東海大学の指導の現場で学生選手に乱取りで「胸を貸す」ことがあるとのことですが、かつての王者といえども頻繁に投げられることがあるそうです。その理由として井上監督は「攻撃力は落ちないと思うんです。感覚的なものでやっているので。だけど、受けをやっていないと落ちるなと」と「受け」の衰えを指摘しています(日刊スポーツ 2016年2月5日付)。つまり相手の技を受ける際の耐久力が低下して投げられやすくなるということなのですが、現代の柔道はきちんとした綺麗な技ではなくとも、もつれて畳に背中が着いただけでも一本となってしまう「背中着けゲーム」全盛時代です。井上監督の言う通りだとすると、年齢が高くて稽古量の少ない選手は「受け」をやる機会が減るので、すぐに畳に背中を着いてしまい勝つことが難しくなるというのは道理です。  以上が私が考える現代の競技柔道で高齢選手が活躍できない理由ですが、仮にも「武道」を名乗るのであれば、20歳代の選手しか活躍できない柔道というのは非常に寂しいものがあります。「武道では年齢は関係ない」というのが建て前ですから。  柔道界きっての理論派で寝技の達人である柏崎克彦さん(80年世界王者)は「チャンピオンスポーツの特徴というのは年齢制限があるということ。だから早熟じゃないといけないんです」(ゴング格闘技 2010年12月号)と語っています。  柔道界には40歳を過ぎても稽古の場で強い柔道家は今でも探せばそれなりにいるとは思いますが、競技の場に限っては、たかだか30歳を過ぎた選手が通用しないという摩訶不思議な世界なのです <文/磯部晃人 写真/SOPHOCO -santaorosia photographic collecti
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