1人の女を奪い合い死者13人…戦時下の悲劇「アナタハンの女王事件」【大量殺人事件の系譜】

 相模原の惨劇から3週間、大量殺人事件はこれまで幾度となく繰り返されてきた。「事件は社会を映す鏡」という。いくつかの事件を振り返りながら、浮かび上がってくる時代と事件の背景を探り、大量殺人事件の系譜を考察してみる。

アナタハンの女王事件(1945~1950年)大量殺人事件の系譜~第2回~


アナタハン島

1950年当時の「アナタハン島」

 南洋上の孤島に、1人の若い女性と32人の男、計33人の日本人が取り残され、共同生活を始める。はじめは食べること、生き残ることに誰もが必死だった。やがて男たちは、欲望を剥き出しにして唯一の女を奪い合い、図らずも激しい殺し合いが始まる。命を落とした男は13人。わずか70年ほど前、想像を絶する悲劇が現実に起こった――。

 太平洋戦争に翻弄されたが故の大量殺人事件「アナタハンの女王事件」が起きたのは、1945(昭和20)年から1950(昭和25)年にかけてだった。

 1944(昭和19)年6月中旬。物資輸送に従事するため、海軍に徴用された漁船3隻が横浜港から太平洋上のトラック諸島を目指していた。マリアナ諸島近海にさしかかったころ、米軍機B29の襲撃を受け沈没した。軍人や軍属である乗組員31人は、命からがら近くの島に上陸。そこがアナタハン島だった。サイパン島の北150キロにある小島だ。

 誰もいないと思われた島には、日本人の男と女がいた。妻子をサイパン島に疎開させていた農園技師の男性。一方の女性は、この農園技師の部下を夫とする比嘉和子(22)だ。色黒で切れ長の目、健康的な肢体を持っていた。夫はバガン島にいる妹を迎えに行ったきり、空襲で戻れなくなっていた。

 20代を中心とした漂流者たちと島にいた2人、計33人の共同生活が始まった。米軍の空襲が激しさを増す。食糧は魚やタロイモ、バナナ、ヤシ蟹、ネズミなどだったが、1ヶ月もすると大方が底をついた。食糧を安定的に確保する必要上、数人ずつ分散して生活するようにした。和子は夫の上司である農園技師と肉体関係を結ぶようになり、2人で暮らしていた。1945年8月15日が過ぎても、アナタハン島の日本人たちは終戦を知る術がなく、それまで通りの生活が続いていく。

 やがて、和子と農園技師が正式な夫婦ではないことを知った他の男たちは、平静さを失っていく。加えて、墜落した米軍機から拳銃を見つけたことで、男たちに力学が生じた。拳銃を入手したAは農園技師を脅し、和子を連れ出し同棲するようになる。しかし1ヶ月近く経ったころ、Aは行方不明になる。拳銃を奪った農園技師がAを射殺した、といわれている。

 悲劇は連鎖する。拳銃を受け継いだ軍属のBは、農園技師をあっさりと射殺し和子と暮らし始めたものの、10ヶ月後、そのBも射殺体となって発見されたのである。和子をめぐって争い、3人の男が殺されたことになる。渦巻く疑心暗鬼。拳銃があるからいけない。凶器は解体され、海に捨てられた。それでも、今度は刃物による殺人が後を絶たなくなる。転落や食中毒など奇怪な死も連続していた。次第に減っていく男たち。

 このままではいけない。争いが起きぬよう和子が1人の男を選び、それを全員の協議で承認した。ただ、何事にも大らかだった和子は、求められれば他の男と寝ることを厭わなかった。男たちの欲望と嫉妬と殺気が、再び大きな海流のように和子をめぐり、「殺人」は終わらない。その責任を和子に求めるのは酷だが、たった1人の女の存在が「連続殺人」を引き起こしていたこともまた事実であった。

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