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「誰かに似てるって言われて喜ぶ人なんていない」――爪切男のタクシー×ハンター【第二話】

 千駄ヶ谷トンネルは都内でも有名な心霊スポットである。トンネル自体はそれほど長くないが、墓地の下をトンネルが通っているという珍しいトンネルであり、白いワンピースを着た血まみれの女性の霊が出没するらしく、逆さ吊りされた状態で出現することもあるそうである。 「お客さん、本当に幽霊出て来たらどうします? 本当にエッチできますか?」 「もちろんです。そうなると運転手さんは私と幽霊のセックスを見ているだけの汁男優の役回りになりますね。すいません」 「相手は血まみれですよ?」 「今日は生理なんだなと思えばおそらく大丈夫です」 「逆さ吊りで出て来ることもあるそうですよ?」 「こちらがうまく体勢を合わせれば、そのままシックスナインの形になりますね」 「男の幽霊が出て来たらどうしますか?」 「すぐに帰りましょう」  罰当たりな会話をしているうちに、タクシーは目的地である千駄ヶ谷トンネルに差し掛かった。深夜二時過ぎという時間も相まって、辺りは異様な雰囲気を醸し出している。先ほどまでの軽口が止まってしまうだけの充分な怖さを感じた。車の往来も少なかったので、速度を落とし、ゆっくりとトンネルを通ることにした。 「自分が思っているほどお前は可愛くないぞ」 「お前に白い服は似合わない」 「かまってちゃんもいい加減にしろ」  白いワンピースの女の幽霊に対しての悪口を唱えつつ、トンネルを進んだが、全く幽霊の気配すら感じることなくトンネルを通り抜けてしまった。今回も逃げられてしまったようだ。 「お客さん、残念でした。出て来ませんでしたね」 「わざわざご案内して頂いたのにすいませんでした」 「いえいえ、私も面白かったですよ。ありがとうございました」  散々死者を冒涜しておきながら、運転手と私の間には、ある種の絆のようなものが生まれていた。幽霊話も一段落したので、いい加減幽霊以外の話をしようと思い、私は口を開いた。 「そういえば、運転手さんって五木ひろしに似てますよね」 「………」 「あれ? どうしました?」 「お客さん……」 「はい」 「五木ひろしに似てるって言われて喜ぶ人なんていないです。そういうこと言わない方がいいですよ」  確かにその通りである。幽霊よりも怖い雰囲気になった運転手を乗せてタクシーは進む。  今回の格言は「誰かに似てるって言われて喜ぶ人なんていない」である。皆さんも他人に対して簡単に「○○に似てるね~」なんて言うのはやめよう。相手は生きている人間なのだから。この世にその人は一人しかいないのだから。この世に五木ひろしは一人しかいないのだから。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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