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非モテ・童貞・オタクたちの関係を破壊する女「サークルクラッシャー」はいかにして生まれたのか?

 少し過去に遡れば、90年代にはTRPG(テーブルトークアールピージー)の界隈に現れる距離感の近い女性が「粘着湯気女」と名指され、今で言うサークルクラッシャーと極めて類似していた。  ある粘着湯気女は同じサークルの男にいきなり電話をかける。自分に彼氏がいようが男に彼女がいようが関係なく、自分の不幸話や彼氏の悪口を男に話す。その彼氏と電話された男は対立し、サークル内の空気がギクシャクしてしまう。  それに困った粘着湯気女は、またサークル内の別の男に電話していく……というものだ。引っかかる男の方にも問題があるが、粘着湯気女には悪意がなく、「自分が不幸なせいで」起こるトラブルだと考えて反省しない。そのため、同じことを繰り返す。(角川書店『コンプRPG』94年10月号より)  また、三大サークラ漫画とも言われる『ヨイコノミライ』(きづきあきら)、『サユリ一号』(村上かつら)、『ヤサシイワタシ』(ひぐちアサ)はいずれも、サークルクラッシュという言葉が誕生する以前からサークルクラッシュに近い現象を取り上げた漫画だった。  しかしそもそも同様の現象は古今東西どこにでも見られるものだ。「男を振り回す女」という意味で言えば、「悪女」やファムファタル(男を破滅に導く「運命の女」)、傾国の美女(楊貴妃など)について語られてきた歴史は枚挙に暇がない。  日本で起きた「アナタハンの女王事件」はその好例だ。1945年から1950年にかけて無人島である「アナタハン島」に1人の女性と32人の男性が閉じ込められた。女性を巡る殺し合いの末、救出された頃には半数近くの男性が死亡していたという。  また、「恋愛関係のトラブル」で言えば、「三角関係」や「嫉妬」は恋愛ドラマにおける定番であり、日本では83年のドラマ『金曜日の妻たちへ』以降、「不倫」も流行している。更に言えば、「恋愛が原因で集団が壊れる」ものの代表例は「バンドの解散」である。バンドが解散する際に「音楽性の違い」が原因だと語られることはよくあるが、「実際はカネかオンナの問題じゃないのか?」とゲスの勘ぐりをしたくもなってしまう。  有名な話では、ビートルズが挙げられる。オノ・ヨーコがポールとジョンの不仲を作ったとも言われ、実際ジョンがヨーコをビートルズの録音現場に連れてきて、制作に口を出すようになった。そのことにジョージも苛立っていたようだ。また、ジョンにソロでの活動をそそのかしたのもヨーコだという。  ただし、ビートルズの解散は他の要因も絡んでおり、ヨーコが原因だとは言いがたいようだ。むしろ、ヨーコ解散元凶説はファンが作り出した物語だという側面が強い。以上のようなバンドの解散については200のバンドの解散理由を分析した『バンド臨終図鑑』が河出書房新社から出版されている。それを見ると、実際にバンドの解散に異性問題が絡んでいることがあるようだ(例えばサディステイック・ミカ・バンドなど)。  一方、サークルクラッシュという言葉は、2005年に評論家の宇野常寛が流行させた言葉である。その背景には、オタクの恋愛について描かれた「電車男」の流行(2004~5年頃)があるようだ。また、「電車男」に対し、「恋愛資本主義」を批判し、二次元への恋愛を称揚した『電波男』という本が文筆家の本田透によって発表された。「電車男」と『電波男』はブログサービス「はてなダイアリー」や「はてな匿名ダイアリー」において、「非モテ」(モテない人)の議論を喚起し、その文脈で「サークルクラッシャー」という言葉も流行したのだと筆者は分析している。  ここから過去の似た現象と異なる意味での「サークルクラッシュ」の独自性が明らかになる。例えば「三角関係」ではドラマなどでよくあるように、二人の男、もしくは女がそれぞれある程度の性的魅力を持った上で「ライバル」として争い、一人の異性が「どちらを選ぶのか」というような「まともな」恋愛関係が想定されている。それに対してサークルクラッシュでは、次のような特徴がある。 ①サークルクラッシュが起こる集団自体が、男女比の偏りがあったり、外部に開かれていなかったりすることが多い ②サークルクラッシャーと呼ばれる一人の女性が思わせぶりな態度を取ったり性に奔放だったりすることが多い(その背景には、家庭環境に問題があったり、承認欲求に飢えていたりといった問題がある場合が多い) ③サークルクラッシュされる側である男性同士(「クラッシャられ」と呼んでいる)が「相手は自分のことだけを好きなんだ」と勝手に勘違いしてしまったり、思い込みからストーカーのようになってしまったりということが多い(大ざっぱに言えば「童貞くさい」)  つまり、サークルクラッシュにおいては①特殊な集団②クラッシャー③クラッシャられ、という三つの要素が一つに集合していると言える。そこでは、「まともな」恋愛関係は生じておらず、最初からクラッシュすることが約束されたミスマッチな関係だということだ。このような観点で歴史を概観すると、90年代になって初めて、過渡期的にTRPGという特殊な界隈においてミスマッチな関係は観測され始め、2000年代前半になって大学サークルでのクラッシュが漫画で描かれる。そして、『電車男』と『電波男』の盛り上がりもあり、この現象が「サークルクラッシュ」という言葉に結実した。そこから10年経った現代になって「オタサーの姫」という言葉も生まれたのである。このサークルクラッシュ=ミスマッチな関係がなぜ現代に特有の現象なのか、それを明らかにするのが今後の連載の狙いである。  なお、煩雑な表記を避けるために異性愛を前提にしてきたが、定義上はサークルクラッシュは同性愛なども含むことを付記しておく。 【ホリィ・セン】 1991年生まれ。京都大学大学院生。社会学専攻。研究テーマは恋愛。「サークルクラッシュ同好会」代表。オープンシェアハウス「サクラ荘」代表。2012年から発行している同好会の会誌はコミックマーケットや文学フリマ等で頒布され、通算1000部以上の販売実績がある。2015年より「サクラ荘」を立ち上げ、生きづらい人々の居場所の問題について考えている(@holysen
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