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死者6人の「バス放火事件」は現代の格差社会でも起こりうる無差別犯罪【大量殺人事件の系譜】

 夜9時、新宿駅西口。帰宅を急ぐ人たちがバスに乗り込む。始発のバスが出発時刻を待つわずかな時間に、前代未聞の惨劇が起きた。後部扉からガソリンが投げ込まれ、車内は一瞬にして火の海に。6人が死亡し、14人が重軽傷を負う悲劇となった。 バス1

新宿西口バス放火事件(1980年)大量殺人事件の系譜~第11回~

 1980年8月19日、夜9時すぎの新宿駅西口は、雑踏に包まれていた。新宿発中野車庫行きのバス車内では、30人ほどの乗客が出発を待っていた。そこへ突然、男がガソリンと火のついた新聞紙を投げ込む。「バーンッ」という爆発音とともに、狭い車内は瞬時にして炎に支配され、阿鼻叫喚と化した。  天井まで突き刺すような猛烈な火柱に、何が起こったのかわからず、逃げ惑う乗客。「熱い」「助けてー」と、絶叫が飛び交う。ようやく消し止められたバスの中から、無残にもほぼ炭化した遺体が見つかった。即死の3人だ。  40歳の父親と8歳の長男は、野球のナイター観戦の帰りだった。もう一人は帰宅途中の21歳のOL。最後尾の席にいたこの3人は、男女の区別もつかないほど黒焦げになっていた。まさに「真夏の夜の悪夢」だった。  他の乗客は車外に逃げ出したが、のちに3人が死亡。死者は計6人となった。重大な後遺症が残った人も含めて、14人が重軽傷を負った。中には、全身の80%を超す熱傷で死線をさまよった女性がいる。この事件で夫を失い、自身も重傷に苦しめられた妻もいる。  車内の温度は、推定1800度近く。窓ガラスは高温で粉々に飛び散り、アルミ製の手すりは原型をとどめないほどに曲がっていたことが、火勢の凄まじさを物語っている。  この無差別大量殺人の犯人は、土木作業員の丸山博文(当時38)。丸山はなぜ、凶行におよんだのか。そして、丸山とは一体どんな男なのか。
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社会の底辺を這う毎日を送った末の悲劇
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炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡

全身熱傷からの生還――生と死を見つめた魂の手記

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