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「ちんちくりんの中年がモテるわけがない」――46歳のバツイチおじさんは南インドの楽園でとても卑屈になった〈第31話〉

その後、洗濯を済ませると、フォートコーチンの街に散歩に行くことにした。 フォートコーチンはカリブ海に突き出た半島部分にあり、植民地時代にはポルトガル・オランダ・イギリスに支配されていた港町で、現在はインド有数の国際貿易港となっている。街並みはヨーロッパの古い街に来たかのような錯覚を起こすほど、インドっぽくなく、白人のツーリストが多い。ヴァスコ・ダ・ガマの墓がある聖フランシス協会や、コーチン独自の漁法が見られるチャイニーズ・フィッシングネットなど一通りの観光をして1日を過ごした。

フォトコーチンの街並み。植民地時代のヨーロッパの影響を強く受けている

コーチンに古くから伝わる伝統的な漁法「チャイニーズ・フィッシングネット」が見られる

翌日もまた同じ街を散歩した。暗くなるとでフォートコーチンに一軒しかない酒屋に行ってキングフィッシャービールを購入し、宿に戻って飲んだ。 夕食後、ルーフトップでくつろいでいると、イギリス人の老紳士が話しかけてきた。

宿泊客の出会いの場であるルーフトップ

老紳士「一人で旅をしてるのかい?」 俺「はい」 老紳士「私も一人旅で世界を放浪してるんだよ」 俺「へぇ~凄いですね。どのくらいの期間ですか?」 老紳士「半年くらいを計画しているんだ。私は60歳なんだがね、定年になり、子供たちも大きくなったのでやっと旅ができるようになったんだ」 俺「素敵ですね~。今日はどうしてたんですか?」 老紳士「バックウォーターツアーに一泊二日で行ってきた」 バックウォーターツアー? あれ……? もしかして……。 俺「もしかして、ドイツ人女性と二人組と一緒ですか?」 老紳士「ああ。3人だけの旅だったよ。なんで知ってるんだい?」 俺「宿のオーナーに聞いたんです。どうでした?」 老紳士「すごく静かで、緑もキレイだし、夜は星もキレイだったよ」 俺「ロマンチックですね」 老紳士「ああ」 俺「どうでした? 女の子二人との旅は?」 老紳士「彼女たち、夜はお酒を飲んで大騒ぎしてたよ。私は疲れて寝てしまったけどね」 俺「超羨ましい~! 最高の旅じゃないですか」 すると老紳士は鼻の下を伸ばしながら、少し照れくさそうに髭をさすった。 老紳士「一生懸命頑張ってきたから、たまには人生のご褒美をね」 そう言うと、チャーミングな笑顔でウィンクをした。 渋い! なんて渋いんだ! 英国紳士というだけで10倍増しになってると思うが、とにかく渋い。 白人男性だと何をやってもカッコ良く見えてしまう。 これも白人コンプレックスの表れなのか? オーナー「キキキキキキキキキー」 聞き覚えのある甲高い笑い声とともに、宿のオーナーが俺たちの席にやってきた。 オーナー「やぁ、イギリスの紳士、女の子との旅は楽しかったかい? キキキキーー」 紳士「……あぁ、まあね」 オーナー「キキキキキキキキー。いいね~」 紳士「……」 オーナー「3人で何を楽しんだんです? キキキキキキッ」 紳士「星を見たりしていたよ」 オーナー「本当に~? ただそれだけ~? キキキキキキッ」 紳士「ああ。早く寝たからね」 オーナー「寝た? 一緒に?」 紳士「……いや、一人で寝たよ」 オーナー「一人で? キキキキキキキ? でも、楽しかったんだよね?」 紳士「ああ。楽しかったよ」 そう言うと、オーナーは隣のテーブルに移動し、ローカルの友達と談笑し始めた。 イギリスの老紳士は何やら考え込んでしまったのか、急に黙り込んでいる。 そして――。 紳士「おい君、ちょっといいか?」 オーナー「へ? なんですか?」 紳士「……君、私を少しバカにしてないか?」 オーナー「……」 紳士「私はこれまで真面目に人生を生きてきた。今回の旅は自分へのご褒美だ。私には妻も子供も孫もいる。決してドイツ人女性の二人組と、そんなやましい気持ちで旅はしていない!」 オーナー「……」 紳士「失礼な態度を謝りなさい!」 どうやら彼の「キキキキ」というブキミな笑い方が彼の逆鱗に触れてしまったようだ。 それにしてもイギリス紳士はプライドが高い。 俺にはあんなにチャーミングな笑顔で本音を話してくれたのに。 紳士「謝れ!」 オーナー「……すいません。そんなつもりはなかったんです。本当にすいません」 紳士「…わかればいい」 俺はこう思った。 いやいや爺さん、カッコつけすぎ。 そこはぶっちゃけて一緒に笑えばいいじゃん。男同志なんだし。 宿のオーナーのブキミな笑い方はただの天然だよ。 天然にブキミなだけなんだよ。 ルーフトップ全体に不穏な空気が蔓延したため、いたたまれない雰囲気になった。 紳士「じゃあ私は寝る。おやすみ日本の友達」 そう言って彼は部屋に戻っていった。 空気はさらに重くなった。 しょうがねーな。 ちょっとは空気を緩めるか。 俺「オーナー、俺は思うんだけど、あの紳士は美女との旅を本当は楽しんでたと思うよ」 オーナー「そう思うかい」 俺「うん。男なら絶対楽しかったと思う。だって、あんな美女二人だよ。俺なら24時間勃起してるね」 オーナー「そうだよな、キキキキキキキキキー!」 俺「キキキキーーー! そうだよ。キキキキッ」 オーナー「キキキキーーー! お前、愉快なやつだな~! キキキキッキキキッ!」 俺はブキミな笑い方を習得することで、宿のオーナーと仲良くなった。 男と仲良くなるのは本当に簡単だ。 女と仲良くなるのはあんなに難しいのに。
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翌朝、バックウォーターツアーに参加
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