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赤毛ヤリマンとの切ない恋の話――爪切男のタクシー×ハンター【第八話】

 そういえば今夜は赤毛が出演するLIVEがあったはずだ。今まで何回もLIVEに誘われたが「そういう場所は得意じゃないから」と断っていた。今日だけは行かなければいけない気がした。とにかく赤毛に会いたい。もう遅いかもしれないが、せめて自分の素直な気持ちだけは伝えないといけない。たとえ死ぬとわかっていても、己の美学を貫くために決戦に赴く西部劇のガンマンのように。 「運転手さん、申し訳ないんですが、渋谷まで引き返してもらっていいですか?」 「あれま、忘れ物ですか?」 「そうですね。忘れ物です」  人生で初めて足を踏み入れる深夜のクラブ。しかも場違いなヒップホップのイベントである。いかつい連中をかき分けて赤毛のもとに向かう。赤毛はバーカウンターで楽しそうに酒を飲んでいた。赤毛は職場と同じようにクラブでも人気者だ。彼女の周りには人だかりが出来ている。なかなか声をかけられずにいる私を赤毛が発見した。 「来てくれたんすか!」  ピンポン玉が弾けるような勢いで、赤毛は私の所に走り寄ってきた。満面の笑みを見せる赤毛。私はこの笑顔に何回も救われてきた。本当に可愛い笑顔だ。犬より可愛い笑顔だ。パグより愛くるしい笑顔だ。ヤリマンでも無職でも犯罪者でも笑顔が可愛けりゃそれでいい。 「いきなりごめんね。言いたいことがあって来たんだ」 「……なんすか?」 「今までちゃんと言えなかったけど、俺は赤毛ちゃんのことが好きだ」 「え……?」 「……」 「……彼女さんは?」 「別れる。俺は赤毛ちゃんが好きだ」 「……」 「ダメかな?」 「ごめんなさい」 「……そっか」 「もう遅いです」 「うん……」 「今だから言うけど、ホントね、エアガンとか意味不明でしたよ」 「うん」 「私の気持ちには気づいてたましたよね? それをごまかしといて、今さら告白とかホント自分勝手ですよね。あんなものでごまかすの超ダセーです、マジで嫌いです」 「……ごめんね」 「もうバイトにも行かないんで。正直顔見たくないです。すいません」 「わかった」 「あと……悪いんですけど、もらったエアガン、男友達にあげたんで。とても喜んでましたよ」 「……そっか」 「……せっかくなんで……LIVE見てってください。じゃ」  それが赤毛との最後の会話になった。  とてもじゃないが、赤毛のLIVEを見るような気にはなれず、私は会場を後にすることにした。地上に向かう階段をゆっくり昇っている途中で、初めて聴く赤毛のしゃがれ声のラップが聴こえてきた。 「へたくそだな~」  そうつぶやく。階段の途中で足を止めて、もう一度よく聴いてみる。本当に本当にへたくそだった。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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