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“みんな恋愛をしていない”現代の「恋愛小説の形」とは? 川村元気が2年ぶりの新作を語る

――では主人公・藤代のキャラクターはどのように作り込んでいったんですか?  実は「恋愛をしなくなった」という状況に関して、正しい分析をもらおうと十数人の精神科医の方に取材したんです。当初は、恋愛をできなくなった主人公たちを横から「あなたたちはこういう状態だ」と言うキャラクターを出そうと思っていたので。実際に取材でもいいことを言ってくれて、なるほどと思っていた。でも「じゃあ、ご自身はどうなんですか?」と聞くと、「いやぁ実は妻と離婚しかけていて……」とか「もう4年も彼氏がいないですね」と言われて「あれっ?」と思ったんです。  小説にも書いたのですが、「僕らは他人の問題は解決できても自分の問題は解決できない」と。それを聞いたときに「俺たちも同じじゃん」と思ったんですよね。例えば、飲み会とかで恋愛相談を受けると、みんないいアドバイスをするんですよね。でも家に帰ったら自分も恋人と終わりかけていたりする。それに気づいた瞬間に、精神科医が主人公に繰り上がったんです。 ――職業柄か、主人公の生活水準はかなりいいですよね。30代前半でタワーマンションの高層階に婚約者と同棲していて、オシャレな家具に囲まれている。正直“成功者”という感じが少し鼻につく感じもありました(笑)。  藤代のステータスって、ステレオタイプな理想の生活なんですよ。医者で収入もあってタワーマンションに住んでいて、婚約者も自立していてうるさいことも言わずに理知的。でもそこまで考えていた時に、「この人たち、お互いがいらないじゃん」と思ったんです。  結婚って足りない物をお互いに埋めあうものだと思うんですが、この人たちはそれぞれスタンドアローンになっている。人は自分が憧れる生活に近づけば近づくほど、他人が必要じゃなくなっていくんだと思ったんです。なんかそこの矛盾みたいなものから物語を始めたいなと思ったんですよね。 ――世帯年収が相当高そうなカップルですよね。婚約者も医者ですし。  自立するのって、今の時代にとって尊い価値観になっているじゃないですか。でもそれって、男女が一緒にいる意味を薄くしている気もしたんです。そういう人たちがどうやって一緒にいる意味を見出していくんだろうと。この小説は、そういった僕が疑問に思うことを書いて、書き進めていくなかで答えを見つけていくという作業をずっと続けている感覚でしたね。 ――では、ハル(主人公・藤代の学生時代の彼女。2人は写真サークルの先輩後輩として出会う)というキャラクターはどうやって生み出したんですか?

川村元気

 書き始める前に高名な女性写真家に取材をしに行ったんですが、そのときに「自分が死ぬとしたら最後に何を撮りますか?」と聞くと「自分の今まで暮らしていた街を撮ると思う」とおっしゃったんですよ。その時に、人間って最後は自分の懐かしい記憶とか、自分の居心地がよかった場所に戻るんだなと思ったんです。その時に、ハルはそれを象徴するキャラクターにしたいなと思ったんですよね。  あと、いろんな恋愛の取材をしていると、30、40代で恋愛をしなくなった人たちも10、20代の頃はみんな恋愛を頑張っているんですよね。激しいというか、誰のかのことを好きで泣いたとか、別れて仕事が手につかなかったとか。でも同じ人が10年、20年経つと別人のようにエモーションがなくなる。その不思議さを描きたかったんです。恋愛を失った人たちと、その人たちが恋愛をしていた過去を、映画でいう「カットバック」という手法で描くことで、その差で恋愛をかたどれるんじゃないかと。そこで失われたもの自体が恋愛なんだ、と思ったわけです。 ――読んでみると、交互に弥生とハルのエピソードが入ってくるので「あなたはどちらが好きか?」と問われている気がしました。  それは読んだ人の中で意見が割れるみたいですよ。どちらが好きでしたか? ――僕は弥生でしたね。  でしたら、現実を生きる人なんだと思いますよ。ちなみに、なぜかファッション雑誌編集部の男性では、ハルのほうが好きという人が多かったです(笑)。
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30代既婚男性に一番“刺さる”小説
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