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居場所を見つけるまでに5年。でも、今では町が“自分の家”に

生まれ育った”地元”を離れた人たちが集まる東京。冷たいけれど自由なこの都市の、たまたま住むことになった街に、仲間がいるのって悪くはないのでは? 仕事でしくじっても、彼女とややこしいことになっても、受け入れてくれる場所があると、きっと少しは楽になれる。第2の”ジモト”作りのススメです―― 氏神の例大祭がきっかけで 居場所を見つけるまでに5年。でも、今では町が”自分の家”に <小板橋三郎さん(41歳・ライター)>  下町の面影残る文京区「本郷田町町会」青年部長として祭りなどを取り仕切る小板橋三郎さん。街を歩けば、行き交う人から声をかけられるほど地元に溶け込む彼だが、10年前、この町に来るまで、近所づきあいは皆無だったという。 「親は転勤族、東京・千葉・埼玉へと引っ越しばかりで、地元意識を持ったことはありませんでした。それどころか、以前、浦安で一軒家に住んでいたときは、ウチで飼っていた犬がうるさい、クサいと、お隣さんからずっと無視されたりして、『ご近所は敵だ!』とすら思っていました(笑)」  そんな彼が地元デビューをするきっかけが、毎年9月末にある地元の氏神、櫻木神社の祭りだった。 「まだ赤ちゃんだった息子が、祭りのお囃子に反応したんです。子供抱いて見に行って、僕自身が神輿を担いでみたいなあと。でも、どうしたら参加できるかもわからず、とりあえず近所の老舗の煎り豆屋さんの前を通るときに、マメに挨拶することから始めました(笑)」  その後、保育園の父兄に町会の青年部に誘われ、「神輿が担げるなら」と参加することに。 「前部長が『新しい風を入れたい』と勧誘活動をしていて、僕が初めての”よそ者”だったんです。でも、何も知らないのをいいことにバカみたいな提案をしても、きちんと話を聞いてくれましたね」  さらに、念願の祭りに参加してみると、「1か月以上前から、なんだか浮き足立ってしまって。祭りを盛り上げようという目的に向かって、みんながひとつになる。その強烈なエネルギーの中にいるのがたまらなかった」と、虜に。 「町会の集まりに参加して、正直、最初は壁を感じましたよ。新参者だからって、特別扱いはしてくれないし、口は悪いし……(笑)。居場所を見つけるまでに、5年はかかったかな。でも、下町が排他的というのは幻想。今では本気でケンカもします。この街は自分の家みたいなもの。ウチの子がカギを忘れて家に入れなかったときは、近所の酒屋さんで遊んでいましたし、道で子供が挨拶を忘れると、叱られていますからね(笑)」  ジモト化は誰かがお膳立てしてくれるわけではない。時間と手間をかけてこそ、手に入れられる関係性があるのだ。 ― 住んでる街の[ジモト化](近所の仲間づくり)計画【1】 ―
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