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大坂なおみを世界一に導いた指導者に聞く、日本スポーツ界に蔓延る“根性論”の是非

 日本の中学・高校の運動部における“根性論”が問題になって久しい。先日も高校野球岩手大会の決勝戦で登板回避した大船渡・佐々木朗希投手の起用法をめぐり、野球評論家や現役アスリートたちも巻き込み大激論となった。このような現状を、海外の一流指導者はどう見るのか。そこで、’17年末に大坂なおみのヘッドコーチに就任し、1年間の指導で全米オープン・全豪オープン連続制覇、世界ランキングNO.1へと導き“世界最優秀コーチ”の称号を得た、サーシャ・バイン氏に直撃した。

著書のイベントのために来日したサーシャ氏。紳士的に本誌の質問に答えてくれた

――いまだに日本の中学・高校の運動部では、根性を重んじ、しごきや体罰まがいの特訓を強いる指導者もいることを、どう思われますか? サーシャ・バイン氏(以下、サーシャ):まず私自身の考えとして、一流のアスリートとして成功を目指すならば、誰よりも努力を重ねるハードワークは必要です。でも、同時に合理的でなくてはいけない。どんなにタフな選手でも限界はあり、壊れるか否かの危険状態を私は「レッドゾーン」と呼んでいます。レッドゾーンを敏感に感じ取り、選手はどこまで練習させることができるか、止めさせるべきポイントはどこか、しっかり把握しておく。日本の“根性論”は、そのレッドゾーンを超えている、ということですよね? ――はい、炎天下で水を飲まず練習、怪我をしても試合に出るなど、いまだにあります。 サーシャ:もちろん10代~20代前半に“根性論”で勝ち抜けた人は、強靭な肉体と精神を持つ優秀なアスリートであるのは間違いありません。ただ、アスリートには早咲きもあれば、遅咲きもある。根性論の練習法で脱落したからといって、ダメというわけではない。その人なりのタイミング、その人なりのいい練習法、勝負法をしっかりコーチングできたら、もっと多くの優秀な人材を見出すことができると思います。無理を強いて、選手が怪我をしてしまったら……そんな指導者はちょっといただけない。 ――しかし、ある有名な野球解説者が先日、怪我を怖れて登板回避した高校野球の投手に「ケガが怖かったら、スポーツはやめた方がいい」と苦言を呈しました。 サーシャ:本当にそんなことを言ったのですか? 信じられない。ならば、私はその野球解説者に聞き返したい。「怪我を恐れることが、どこが悪いの?」って。怪我が怖くない選手なんて、当たり前にいませんよ。私達コーチができることは“怪我をしないよう心掛けて練習してもらい、ベストの状態で望める準備をしてあげること”ですよ。この野球解説者は年配の方ですか? ――そうですね、現在79歳、プロ野球ではヒット数の日本記録保持者です。 サーシャ 凄い人なのに、現代のスポーツに理解がないのは、なかなか辛いところですね(苦笑)。テニスの世界にも、若い選手に「毎日マッサージなんて受けやがって、甘ったれるな!」なんて言い放つ、数十年前に活躍した経験がある解説者、指導者がいますよ。一緒ですね(笑)。 ――なるほど。どの世界にもいる、と。 サーシャ:そんな言動をしてしまう指導者に私がいつも伝えるのは「あなたの時代のパフォーマンスと、現代の選手に求められるパフォーマンスには違いがありますよ」ということです。スポーツ競技の“記録”は年々更新されていることでもわかるように、20~30年前に比べて運動能力や、使用する道具の品質は比べ物にならないほど向上しています。「あなたの時代とは、ちょっと違うんですよ」ということですね。でも、根性論ではありませんが、トップアスリートになるにはある程度の“犠牲”も必要とは思っています。 ――というのは? サーシャ:私がプロテニスプレイヤーを目指していた時は、夏休みもお正月も関係なく練習をしていました。コーチになってからは、自分の母親が再婚するときの結婚式、自分の姉妹の結婚式、家族のクリスマスも誕生日も合計14回も祝うことができませんでした。友人もみんな結婚しているのに、35歳になってガールフレンドもいませんよ(苦笑)。あと自分の指ですが、骨折したままでも練習を続けたせいで、いまだに後遺症が残り曲がったまま。ある意味で健康までの犠牲にしている。苦労や犠牲がなく成功はないと思っています。

練習で骨折した指が、曲がって固まったままというサーシャ氏

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若い選手の指導の際に気をつけること
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