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検察庁法改正案に異を唱えた著名人を非難する愚かさ/鈴木涼美

検察官の定年延長を可能にする検察庁法改正案が、国家公務員法の違法な解釈変更を事後正当化するものであり、政権と距離の近い黒川弘務氏を検事総長に就かせるための改正だとして問題視され、SNSで「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを活用した抗議運動が盛り上がりを見せた。だが、抗議の投稿をしたきゃりーぱみゅぱみゅや小泉今日子ら著名人は「芸能人が政治の話をするな」と非難を浴びた。
きゃりーぱみゅぱみゅ

写真/時事通信社

くちびるから資格/鈴木涼美

 政治に加えて経済まで三流と言われるようになった国ではあるが、幸い口を開く自由や指を動かす自由は一応保障されていることになっている。ただそれとは別に、言う資格というものも、場合によって存在すると私は思っていて、歌舞伎町ではお会計が一番高い客だけがアフターに誘う資格を持つし、営業成績の良いキャストは店の運営に発言権を持つし、何の貢献もない新人が服装規定や送迎ルールに口を出してもあまり誰も真面目に取り合わない。  資格や権利という言葉は本来的な意味ではここでは不適切だが、ホアキン・フェニックスが今年のオスカー受賞時に、「自分らに与えられた最も大きなgift」と言ったり、W杯で優勝した米女子サッカーのミーガン・ラピノーが「スポーツをするという以上に私たちの肩に乗っているもの」と言ったりしたものは、時には賞金や名誉よりも成功の意義となるのは間違いない。  セフレじゃなくて恋人になりたがるのも、恋人じゃなく家族になりたがるのも、ホストに客が競ってお金を使うのも、サラリーマンが社内評価を上げようとするのも、人が学歴や経歴でハクをつけるのも、多くはこの発言権・発言力を得たいという欲求とともにある。  かつては一部のマスコミや著名人、そしてホアキンやミーガンといった成功者に特権的・独占的に与えられていたソレが、一般大衆にも開かれたという点でSNSやブログなど個人発信ツールの普及は実に大きいパラダイムチェンジだったように思う。かつては成功者に代弁してもらう以外に発信の機会がなかった「声なき者」にも声が与えられ、ハッシュタグをつけた政権への抗議のように、その小さな声が大きなインパクトを持ち得るのは歓迎するに値する。
きゃりーぱみゅぱみゅ

批判を受けた結果、抗議投稿を削除し、謝罪をしたきゃり ーぱみゅぱみゅ(本人のツイ ッターより@pamyurin)

 ただ、一般大衆にも開かれたその発言力が、伝統的かつ正当な手段で発言力を持ったはずの成功者たちの手から剥ぎ取られている様をなぜか見るようになった。検察庁法改正案を巡るインターネット上の運動で正当に声を上げたアーティストやアイドルに向けられた「ご自分の影響力を考えてください」なんていう心ない批判を見ていると、影響力があるから発言の場があり、むしろ彼ら彼女らの地道な努力と幸運、そして成功の幾ばくかはその発言力のためにあったはずなのにと、起きているすべてのことがいぶかしい気がした。  一方、絶対的な発言力を持つ「権力者」たちは自らの発言の影響力について、「誤解を与えた」「勘違いされた」と、聞き手に責任をなすりつける程度には過小評価を望んでいるようだ。テクノロジーと時代の進行によってかつての声なき者たちは徐々に語り出したが、言葉を得るだけでなく、誰かの本来持っているはずの発言力を剥ぎ取りたいと願うならば、そのエネルギーは、自分らの持つ影響力を正当に行使する者ではなく、せめて自らの影響力を都合よく消し去ろうとする権力者に向かうべきだ。  しかし、テンプレートな言葉で謝罪や取り消しを求める方向にしか向かない様を見ると、彼らが声を得たことを心から歓迎していいのかどうかすら、見失いそうになる。 写真/時事通信社 ※週刊SPA!5月19日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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