恋愛・結婚

鶯谷ラブホ街の荒廃ぶりに涙。コロナの影響をモロに食らい…/古谷経衡

山手線の車窓から…

 鶯谷の最大の売りは、電車利用客への訴求である。上野、神田、日暮里あたりで一杯、二杯ひっかけても、まだ山手線は動いている。とはいえこのまま家に直帰するのではつまらない―という男女のアベックに対し、車窓からこれ見よがしに「一泊四〇〇〇円」などと大々的に広告を打つことによって、鶯谷は他のラブホ街と差をつけてきた。  私から言わせれば、繁華街の奥にあり、延々坂を上らなければ到達しない渋谷円山町や、ホスト街を通過しバッティングセンターを経由してはるか東進しなければならない歌舞伎町のラブホ街より、鶯谷は入門の壁が断然低いのである。様するに、都下五大ラブホの中で、実をいうと鶯谷こそがもっとも初心者向けのラブホ街なのだ。  しかるに緊急事態宣言を受けて通勤客は激減し、電車利用者の全部ではないが少なくない客が在宅勤務になると、真っ先に影響を受けるのが鶯谷なのである。鶯谷というと、なにやらラブホのメッカ・枢機のように思われるが、実態は逆である。ラブホ街の中では一番入りやすいトーシロ向けのラブホ街なのである(―もちろん、噛めば噛むほど玄人も満足することを付記しておく)。  独りラブホ界隈には、このような格言もある。 「酔いどれ佐平次(さへいじ)は円山、歌舞伎町。鶯谷は一見さん」  佐平次とは、古典落語の『居残り佐平次』からの由来である。旅館居酒屋でたらふく豪遊した佐平次が、いざ会計の段になると一文無しであったことが判明する。旅館の店主は思案の挙句、佐平次の負債(飲み代)をタダにする代わりに、しばらく旅館で働けと指示する。佐平次は天賦のお調子者で、常連客に取り入っては小遣い・おひねりを稼ぎまくる。しばらくして佐平次は、旅館の店主に「実はあっし、お上からのお尋ね者でやんす」と告白する。連座して罪に問われては堪らない、と店主は佐平次に退職金を渡して放り出す。しかしお尋ね者というのは真っ赤な嘘で、佐平次は旅館を渡り歩き、タダ飲みどころか小遣い・退職金までかすめ取る寸尺詐欺師であった、というオチである。  事程左様に、渋谷円山町、新宿歌舞伎町は男女のアベックは言うに及ばず、私のような独りラブホ・プロが宿泊やサービスタイムをめぐってしのぎを削る佐平次ばりの玄人の戦場だが、鶯谷は誰でも入れる。  だがこの誰でも入れる、という気楽さ、入門の低さがコロナ禍で逆にアダとなっている。緊急事態宣言も明けたことだし、アベックでも、独りでも、久しぶりにラブホに泊まろうかと考えている吾人は、是非支援の意味も込めて鶯谷のラブホに逗留してほしい。
(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数
1
2
テキスト アフェリエイト
新Cxenseレコメンドウィジェット
おすすめ記事
おすすめ記事
Cxense媒体横断誘導枠
余白
Pianoアノニマスアンケート