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金持ちの犯罪に立ち向かう、タイのネチズンたち

タイ 経済 貧富 格差

経済発展目覚しいタイだが、格差は広がっている。華やかなバンコクも、路地裏に回ればいまだこのようなスラムが数多く存在する

 タイでは相続税がないため、一度金持ちになれば余程のヘマをしでかさない限り、その富は受け継がれていく。そのため財閥や名家などが存在し、一般市民の雇用を創出する代わりに幅を利かせ、強靭なコネクションを持ち、不祥事もみ消し、極端に言えば殺人を犯しても無罪放免になっていた。  金持ちには警察ですらかなわない。新聞や雑誌なども、出版社がいろいろな権力から圧力を受け、実質的報道規制がある。それがタイだった。   しかし近年、タイ人の意識がだいぶ変わりつつある。  ツイッターやフェイスブックなどから多くの情報を得て、一般市民がアンタッチャブルだった大金持ちの不正を許さなくなったのだ。   今年9月、フェラーリが警察官を轢き殺し逃走した。警察は現場から続くオイル漏れを辿り自宅を特定したのだが、そこはタイ版の元祖レッドブル創始者の家だった。そして、そこの家の使用人が「おらが運転してたんだべ」と自首してきたが供述の辻褄が合わず、追求すると実は創始者の孫が運転していたことが判明した。ニュースはネットで瞬く間に伝わり、ネチズンが警察の尻を叩いた。そして本気を出した警察に孫は身代わりを立てるという工作の甲斐なく逮捕された。   その数日後、今度は有名女性アイドルが飲酒運転で検問に引っかかった。「私は有名人だ」とのたまい、現場の警官に「私を捕まえるとあなた方が大変なことになるわよ」ということを示唆し車に籠城した。しかし、電話で呼び出した彼女の仲間が援護に駆けつけたときには、騒ぎがネットで拡散し、すでにマスコミが到着して大々的に報じられており、どうすることもできず検挙されることとなった。   10年ほど前に、男性アイドルが度重なる飲酒運転の果て重大事故を起こし、タクシー運転手を死なせてしまったことがあった。しかし、彼は遺族に慰謝料を払い、しばらく寺に出家して過ごしたのち復帰してしまった。現在でも歌手として活躍している。その当時から比べれば現在の状況も様変わりしたものだ。   風潮が変わったのはおそらく2010年年末に起こった名門一家の子女、当時16歳が起こした交通事故からではないだろうか。無免許の彼女(タイも自動車運転免許は18歳から)がマイカーで乗合バンに衝突。投げ出された乗客9名は高架の高速道路から転落死するなどした。   この事件の直後、彼女が事故現場でスマホに興じている姿がネットで暴かれ、瞬く間に非難が殺到。それまで逆ギレが普通だった権力者の親もさすがに「責任は取らせます」と世間に謝罪するまでになったのだ。  実際、バンコク都内某所の警察署長はこう語る。 「今は麻薬も殺人も飲酒ももみ消しは困難になった。ま、それでもせいぜいスピード違反くらいなら、大丈夫だけどね」   不正を許さないと盛り上がるタイ・ネチズンたち。  しかし、残念なことに、盛り上がって悪を糾弾するのはいいのだが、タイのネチズンの特徴として、裁判結果までは関心がないのが彼らの特徴。  前出の名門子女のケースは最近判決が出て、禁固2年執行猶予3年となった。ちょうど同じ時期にコピーCD数枚を知人に売ったという2児の母が実刑3年という厳しさだったのと比べても甘すぎる。レッドブルの孫も逮捕同日に高額の保釈金を払って今は普通に娑婆にいるという。  この件については、ネットでもさほど盛り上がっていない……。  タイのネチズンももうちょっとがんばれよと言いたいところである。 <取材・文・撮影/高田胤臣>
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