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抱える地獄を解き放つ回路と発表する場があればいい【鴻上尚史】

 四国学院大学という、四国で唯一演劇コースがある大学の客員教授というのをやっています。 「四国出身なんだから、四国で演劇をやろうとしている若者のために、ぜひ、お願いします」なんていう口説かれ方をされて、「分かりました!」と引き受けたのです。と言いながら、年一回、2日間の授業をしているだけです。申し訳ないのですが、これが時間的に限界なのです。  一昨年、コースができて初めて授業にお邪魔しました。こっちは、気合いをビンビンに入れて臨んだのですが、待っていたのは、それはそれは素朴な生徒達でした。まあ、僕も四国出身ですからよく分かりますが、四国の高校出て、いきなり大学に入って、そんなに意識が高くなるはずがないのです。 「ものすごくおいらのやる気が空回っているぞお」と思っていると、教室の片隅に同じく客員教授の『踊る大走査線』の本広克行監督が授業に参加意欲満々で座っていました。  しょうがないから、一応、スタニスラフスキーの解説なんか始めると、素朴な生徒達はキョトンとし、本広監督だけが「おお。なるほどっ!やっぱり!」と興奮しているわけです。  一番難しいレッスンは、参加者のレベルが違いすぎる場合です。 「昨日、四国の田舎の高校出ました、演劇って恥ずかしいことするんですか?」と戸惑っている生徒と、日本を代表する映画監督が一緒に並んだ授業をちゃんと成立させる、なんてのは、無茶というものです。どっちかに焦点を当てると、間違いなく、片方はもの足りなくなるか、理解できなくなります。  まあ、僕は授業のプロなので、なんとか両立させましたが、ものすごく大変でした。  もちろん、一人でも熱心に聞いてくれる人がいると、それはそれで嬉しいですが、それでも「なんで、おいらは、香川県の善通寺なんていう、うどん県のデープなうどん場所に来てるんだ」としょぼんとなっていったのです。 ◆今回の授業で出会った生徒たち  で、先月、’12年度の授業の日程が来ました。内心、また素朴な生徒と会うのかなあ、なんだか気持ちが乗らないなあと思いながら、高松に飛びました。 「こんにちは」と挨拶して、今回は本広監督がいない、やれやれと胸をなで下ろし、授業を始めてみれば、今回の生徒はいきなり、バラエティーに富んだ面白い奴らでした。  前回も今回も、全員で十人ちょっとで、そんなに少ない人数相手にレッスンするのも珍しいのですが、少ないだけに、それぞれの特徴が目立ちます。  田舎にいながら、「私はこんな田舎にいる女なんかじゃないんだ。絶対に東京に出て行ってやる」という野望に燃えた目をした女性がいました。僕なんか、そんな目を見るだけでもう、ぞくぞくして嬉しくなってしまいます。 「俺がこのコースで一番、モテるんだからな。そう、俺が一番、カッコイ」とプライドを高々と掲げて戦っているイケメンも二人いて、これも楽しくなりました。  一人、二十歳なのに青春を放棄した顔をした女性がいました。ほとんど笑わず、猫背で、活発であることをきっぱりと拒絶しているような様子でした。外見もじつにおばちゃん臭い感じでした。  そのわりに、演劇コースを選んで、僕の授業を選択しているのです。青春から逃避しながら、何かを求めているんだと思いました。思わず、「親は否定する人だった?」と聞きました。「親とあまり話さないんです。親と関係、よくないから」と彼女は淡々と答えました。 「親は、例えば君が小学生の時とか、80点を取ったら、『良かったわね。80点なんだ!』とほめる代わりに、『あと20点で100点だったのに』と否定から入った人だった?」と聞くと「そういう感じでした」と、まったく微笑まずに答えました。 表現,苦悩 あとから、その女性は台本を書いていて、それがかなりの水準だと聞きました。彼女が劇作という自分の腕ひとつで、自分の居場所を見つけられたらいいのにと、心底、思いました。  プロとかアマチュアとか、それはあまり関係ないのです。ただ自分の抱えている地獄を解き放つ回路と、それを発表できる場所が見つかればいいのです。<文/鴻上尚史> ― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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不謹慎を笑え (ドンキホーテのピアス15)

週刊SPA!の最長寿連載エッセイ

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