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考古学界の重鎮が語る「古墳の魅力」

キトラ古墳石室

“最初で最後”の一般公開を終えたキトラ古墳石室。今後は埋め戻されて公園となる

 “最初で最後”のキトラ古墳石室一般公開に参加希望者が殺到、古墳を取り上げる新聞・雑誌記事やテレビ・ラジオ番組を最近よく目にするようになった。古墳を訪れる愛好者も増えていて、特に女性が急増中だという。  急激に高まる古墳熱に、巷では「新たな古墳ブームが来たのではないか?」と言われているが、その背景には何があるのか? 古墳研究界の重鎮、明治大学の大塚初重名誉教授に話を伺った。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  私は現在、明治大学リバティアカデミーなどで公開講座を行っていますが、旧石器時代や縄文時代に比べて、古墳時代の講座は非常に大人気なんです。  おそらく、古墳はつくられた場所にそのまま残っていて、その時代を想像しやすいところが最大の魅力なのではないかと思います。また古墳の形も、時代や地域、被葬者の身分などによっていろいろと違うところが面白い。棺や石室の形もいろいろあります。  それから、古墳があるのは奈良や大阪ばかりのようなイメージを持っている方も多いと思いますが、北海道を除き日本国内の至るところに古墳はあるんです。東京都内にも芝公園内の「芝丸山古墳」とか、上野公園内の「擂鉢山古墳」など、多くの古墳があります。都道府県別でいえば、いちばん多いのは兵庫県。以下、千葉県、鳥取県、福岡県、京都府と続き、奈良県は6位です。意外に思う方もいるかもしれませんが、日本海側は古墳が多いんです。古墳巡りをしたいと思ったら、誰でもすぐに始められる状況にあります。  そのなかで、私たち研究者を含めた多くの愛好者が突き当たる壁が「宮内庁」。天皇家の陵墓およびそうと思われる「参考地」には研究者といえども入れないのです。  今年、「卑弥呼の墓ではないか?」といわれる箸墓古墳(奈良県桜井市)に調査団が入りました。しかし、古墳の裾野を1回まわっただけで、墳丘には上がらせてくれなかった。研究者であれば誰でも、上に上がって高さや形を確かめたり、土器の破片がたくさん落ちていれば観察したいものですが、何もできなかったようです。墳丘の形からして相当古い時代のものだったそうですが、本当に残念です。箸墓古墳の謎は5%も解明されていません。考古学的な見地からすれば、簡単に箸墓=卑弥呼の墓とはまだ言い切れないのです。 ⇒【写真】「箸墓古墳」https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=503654
箸墓古墳

今年2月20日、研究者らの要望に応じて初めて立ち入りが認められた箸墓古墳。邪馬 台国の女王・卑弥呼の墓との説がある

 私も清寧天皇陵(大阪府羽曳野市)が公開されたときに調査団として入れてもらいましたが、土手を歩いただけでした。「公開」といっても何もわからないのです。  牽牛子塚古墳(奈良県明日香村)から、斉明天皇の墓であることをほぼ裏づける史料が発掘されましたが、宮内庁が管理する斉明天皇陵は別の場所にあります。しかし、宮内庁は明治期に行った斉明天皇陵の指定(当時は宮内省による)を換えようとはしません。江戸時代から明治期に指定した陵墓は不確実なものも多く、考古学的に再検討しなければ断定できないのです。 ⇒【写真】「牽牛子塚古墳」https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=503655
牽牛子塚古墳

当時の天皇家に特有の「八角墳」であることが確認され、被葬者が斉明天皇であるこ とがほぼ確実となった牽牛子塚古墳。ところが宮内庁は「墓誌などが見つからなけれ ば見直す必要はない」との立場だという

 とはいえ、古墳は人のお墓。そのことを意識して、お墓参りのような敬虔な気持ちでいることも大切です。私たち研究者も、発掘調査の前には慰霊の儀式をやったりします。いくら古墳巡りを楽しむといっても、古代人を冒涜するようなことはしてはならない。  天皇陵や参考地に民間人が入ることなど、明治期であれば考えられなかったことです。古墳ブームが今後も盛り上がって「知りたい!」という声が増えれば、宮内庁の扉も少しずつ開いていくのではないでしょうか。  古墳を含めた古代史の面白さとは、想像できる部分が大きいところだと思います。江戸や明治にもなると、史料が揃いすぎていて想像の余地が少なくなりますがが、古代の場合は「邪馬台国はどこにあったか」「大仙陵古墳は仁徳天皇陵に間違いないのか」など、まだわからないことだらけ。だからこそ人それぞれの想像が可能です。少しずつ謎が解明されていく“謎解き”のような魅力もあるのだと思います。 <取材・文/北村土龍 写真/まりこふん> 【大塚初重氏】 大塚初重氏考古学者。明治大学名誉教授、日本学術会議会員。山梨県立考古学博物館館長、日本考古学協会会長などを歴任。著書に『土の中に日本があった 登呂遺跡から始まった発掘人生』(小学館)『「考古学」最新講義 古墳と被葬者の謎にせまる』(祥伝社)『弱き者の生き方』(五木寛之氏との対談・毎日新聞社)『邪馬台国をとらえなおす』(講談社現代新書)など
土の中に日本があった: 登呂遺跡から始まった発掘人生

発掘とは、真実の歴史を知ることだった

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