【電王戦タッグマッチ観戦記4】人間とコンピュータの未来を考えさせられた一日

 8月31日、東京・六本木のニコファーレにて『電王戦タッグマッチ』が行われ、ニコニコ生放送にて生中継された。『第2回 将棋電王戦』で激闘を演じた人間とコンピュータが「仲直り」してタッグを組み、トーナメント形式で優勝を争うという。いったいどんな将棋になるのか注目のイベントであった。 ⇒前の記事へ『佐藤四段「ディープインパクトに乗った武豊さんの気持ち」』 ◆第4局:▲佐藤四段&ponanzaタッグ – △三浦九段&GPS将棋タッグ
電王戦タッグマッチ

いよいよ決勝戦

 『電王戦タッグマッチ』の決勝戦となる第4局は、序盤から互いの角を交換して持ち合う「角換わり」に。基本的に先手が先攻して後手が受ける展開になりやすく、原理的には先手が指しやすいと考えているプロ棋士が多い戦法だ。  先手も後手もどちらも角がいつでも好きなところに打てるようになり、攻撃力が増してうかつに手を出せなくなるため、この日に指された「矢倉」や「横歩取り」よりも指し手の選択肢の幅は狭い。プロ間では半世紀以上にもわたって研究されており、先の先の非常に細かいところまで定跡化されている。  そのため、どちらかと言えばコンピュータは苦手な戦法でもある。プロの研究がコンピュータの読みを上回り、すでに勝ち負けの結論が出ている局面に誘導されやすいとして、電王戦でも角換わりにならないよう特別な対策を施していたソフトが複数あったほどだ。  ただし、この角換わりという戦法の選択は佐藤四段が誘導したものだが、勝ち負けにこだわったというよりも、将棋ファンにいろんな戦法を見せたいという思いが大きかったようだ。 「自分の1局目が矢倉で、2局目が横歩取りだったので、3局目は角換わりで。きょうは(角換わりを得意とする)谷川会長がゲストでいらっしゃいましたし」(佐藤四段)  今回のようなお祭り的な意味合いのある公開対局では特にそうなのだが、プロ棋士は解説や立ち会いの先輩棋士の得意戦法を選択することがある。「将棋の棋士には『勝負師』の部分と、『芸術家』の部分と『研究者』の部分がある」というのは谷川九段の言葉だが、まさにそれを体現すべく「芸術家」として「魅せる将棋」を指したいというわけだ。  しかし、相手は三浦九段&GPS将棋タッグである。そうやすやすと「魅せる将棋」を指して勝てる相手ではない。先手は思い切りよく攻め始めたのだが、後手にしっかり受けられて苦しい展開に。特に58手目△1三馬は佐藤四段もponanzaも読んでいなかった1手で、これを境に形勢は300〜400点ほど後手がよいという状態で推移していく。しかも前述の佐藤四段のブログによれば、これは三浦九段が単独で考え出した手のようで、さすがといったところだ。 「途中苦しくて、どうやっても好転しないところがあって。時間もなかったので開き直って指したんですけど」(佐藤四段)  会場も報道陣も、これは後手が勝つ将棋なのだろうという雰囲気になっていた。佐藤四段も半分はあきらめつつ、自分の頭とponanzaを駆使して、とにかく粘れないかと試行錯誤していたようだ。そのおかげか、先手は点数的に突き放されることなく食い下がっていた。
電王戦タッグマッチ

99手目▲5六歩打の局面図(「日本将棋連盟モバイル」より)

 決勝戦は「切れ負け」ルールではなく、各1時間の持ち時間を使い切ると、1手30秒。30秒では、人間が自分で読み、さらにコンピュータの候補手を確認して指す、という余裕はなくなるだろう。そして、追い詰められた佐藤四段&ponanzaタッグが先に持ち時間を使い切り、30秒将棋になる。  佐藤四段が秒に追われるようにして指した99手目は▲5六歩打。解説の森内名人は「意外な手が来ました」と、少し驚いている。この将棋は、ここからが見ものだった。そこから数手、数分のうちにGPS将棋の評価値がガクッと落ち、ほぼ互角。すぐに三浦九段&GPS将棋タッグも30秒将棋に。競馬で言えば、第4コーナーの最後の直線で2頭が並び、叩き合いになったような感じだ。
電王戦タッグマッチ

GPS将棋の評価値が下がった瞬間、ニコ生のコメントも盛り上がり始め、対局者の背後のスクリーンに映し出されていた

「今年の名局賞を取りそうな、すごい将棋ですね」(森内名人)  1手ごとに森内名人が感嘆の声を上げるなか、佐藤四段&ponanzaタッグが勝負手を放つ。117手目▲2四歩。 「自分で指した手っぽいですね。(ponanzaの画面には)これか、これが示されていたんですが」(森内名人)  実は、佐藤四段は秒読みに入ってからは、ほとんど自分の手を指していたようだ。そこからの数手で頭ひとつ抜け出したのは、佐藤四段&ponanzaタッグだった。みるみるうちにponanzaの評価値が上がり、GPS将棋はマイナスに振れる。 「これはやったかもしれませんね。うわー。ついに1000点超えました。こんなことがあるんですね」(森内名人)
電王戦タッグマッチ

決勝戦は大逆転の幕切れだった

 19時55分、三浦九段が投了。『電王戦タッグマッチ』決勝戦は、153手で佐藤四段&ponanzaタッグの勝ちとなった。最後の最後でコンピュータを超えた佐藤四段の「人間の勝負手」が優勝をたぐり寄せるという、劇的な展開だった。 「私とGPS将棋が組んで、まさか逆転負けするわけないと思ったんですけど(苦笑)。佐藤四段の終盤が強かったということだと思います」(三浦九段) 「先に時間がなくなってよかったかもしれないですね(苦笑)」(佐藤四段) 「わりとponanzaの手が無視されて進んで、どうなるのかな〜と(笑)。1、2回もめたんですけど『俺はこの手を指す!』と言われて。結果的に勝てたのでよかったと思います」(ponanza開発者・山本一成氏) 「コンピュータの素晴らしさも、プロの強さも見せてくれたように思います」(谷川九段) 『電王戦タッグマッチ』は、どの対局も密度が高く、もしかすると人間とコンピュータの違いや、それぞれが得意とするところが電王戦以上に如実に現れた、将棋ファンにとって非常に有意義なイベントだったように感じている。互いのコンピュータの評価値が見えており、解説の声も聞こえるなかで対局し、さらにその場で感想戦も行われるという極めてオープンな環境も、これに寄与していたのではないだろうか。  決勝戦では、森内名人がponanzaの候補手のひとつ(42手目▲5一銀)に衝撃を受け、「これを見られただけで、きょうは来た甲斐がありました」と感心するひと幕も。コンピュータの思いがけない手に「勉強になるなあ」と、うれしそうに解説・検討する姿はとても印象的だった。最も将棋が強い人間である名人が、会場のすべての人間のなかで一番楽しそうだったのも、将棋における人間とコンピュータの未来を考える上で、何か示唆的ではないか。  『電王戦タッグマッチ』の模様は、ニコニコ生放送のタイムシフト機能で、いまからでも視聴が可能だ。公式サイトでは、全対局の棋譜も確認できる。また携帯電話やスマートフォンでも「日本将棋連盟モバイル」にて対局の解説コメント付きの棋譜を見ることができる。さらに佐藤慎一四段のブログには、当日対局中に考えていたことが詳細につづられているので、ご興味のある方はぜひご覧いただきたい。  『第3回 将棋電王戦』に出場するコンピュータを決める『将棋電王トーナメント』は、2か月後の11月2日からスタート。いったいどのソフトが勝つのか。こちらも、いまから興味はつきないところだ。 ⇒【電王戦タッグマッチ観戦記1】 https://nikkan-spa.jp/505147 ⇒【観戦記2】三浦九段「GPS将棋が指せって言うからさ」 https://nikkan-spa.jp/505148 ⇒【観戦記3】佐藤四段「ディープインパクトに乗った武豊さんの気持ち」 https://nikkan-spa.jp/505149 ◆電王戦タッグマッチ|ニコニコ動画 http://ex.nicovideo.jp/denou/tag/ ◆日本将棋連盟モバイル http://www.shogi.or.jp/mobile/ ◆サトシンの将棋と私生活50−50日記(佐藤慎一四段のブログ) http://satosin667.blog77.fc2.com/ ◆将棋電王戦 HUMAN VS COMPUTER | ニコニコ動画 http://ex.nicovideo.jp/denou/ <取材・文・撮影/坂本寛>
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