猪瀬直樹著『勝ち抜く力』は正月番組より面白い

猪瀬直樹,勝ち抜く力  在任372日。昨年のクリスマスイブに都政史上最短記録を樹立した猪瀬直樹氏の去り際はあまりにも寂しった……。辞職に同意した都議会の臨時会では「退職金持っていくなよ~」と野次が飛び、都庁では音楽演奏や花束贈呈などのセレモニーは割愛。すぐさま、2月の都知事選候補予定者の顔ぶれが報じられるようになり、史上最多の433万票を獲得した超人気都知事の存在も忘れ去られようとしている。

 だが、記憶は薄れようとも、活字は色あせない。辞任発表前日に発行された都知事としての最後の著書『勝ち抜く力』(PHPビジネス新書)のことだ。

 すでにAmazonのレビューで「これ以上はない反面教師な一冊としては有意」「次の都知事選に立候補する人には、読んでもらいたいものですね」「IOC総会で、かっこいいプレゼンして世界をだましている(失礼)うちに、何か大きな勘違いをしたのが著者ではないでしょうか」などと、皮肉たっぷりのコメントが並んでいるが、実際に読破した人はまだ少ないのではないだろうか? 怖いもの見たさで読んでみたかったが、猪瀬氏に印税が入ると思うと手が伸びなかった……という方々のために、その本書の一端をひも解いてみよう。

 まず、ご存じの人も多いだろうが、『勝ち抜く力』とは東京五輪を“勝ち取った力”の源泉を明らかにした、猪瀬氏ならではのノンフィクションだ。一言でいうと勝ち抜く力=(猪瀬氏の)プレゼン力を自画自賛している書である。

「オリンピック招致の舞台裏は面白い」というレビューも見られたが、舞台裏というほど目新しい描写はほとんど見られない。安倍首相のスピーチ、滝川クリステル氏の「お・も・て・な・し」などを称賛してはいるが、五輪招致を陰で支えた裏方たちを労う様子はなし。「招致活動をコンサルティングしたニック・バレー氏の名前は出てくるが、新聞でも取り上げられた招致委員会戦略広報部シニアディレクター代行の高谷正哲さんの活躍や、前回の招致活動ではなかった政財官・スポーツ界からなる評議会の活躍についてはほとんど触れていない。『オール・ジャパン』という表現が随所に出てくるが、さも一人で招致活動を頑張ったかのように見える」(証券マン・38歳)と感想を述べる人もいるほど。

 ただし、読みごたえは十分にある。まずは第1章のロンドンでの会見の描写から。

――日本人はプレゼンテーション後の質疑応答であいまいに答える傾向が強いが、僕は日本人的などっちつかずの受け答えは一切しないように努めた。(29頁)

 徳洲会事件後の会見で、「5000万円は誰から受け取ったのか?」という記者からの質問に対して当初は明言を避けていたものの、最後には「徳田毅氏です」と、細い声ながら堂々と答えた猪瀬氏を思い出す方もいるだろう。もしくは、捺印さえない、名前と住所と金額だけの借用書で身の潔白をプレゼンテーションした会見の一風景をオーバーラップさせた方もいるはずだ。

 第2章では、猪瀬氏ならではの表現で、石原元都知事をクサしている思われる描写も……。

――その反省の上にたち、今回はまず、東京都知事である僕自身がスポーツマンであることをアピールした。(66頁)

 誤解のないよう解説すると、猪瀬氏は「石原さんは環境問題に造詣が深く、エコな五輪を打ち出してIOC委員にアピールした。(中略)ところが、IOC委員からは『それは国連で言ってくれ』という反応が返ってきた」(66頁)と記しており、決して、石原元都知事に「スポーツに対する造詣がなかった」と言っているわけではない。だが、「失敗を生かした再チャレンジ」と見出しをつけて、上記していることを考えれば、「スポーツをしない知事には五輪招致が無理だった」とクサしているように感じられてならない。かつての親分の問題点にも踏み込んでいるあたりは、ジャーナリスト・猪瀬氏の矜持といえよう。

 第3章では、NYタイムズのインタビューで「イスラム圏で共通しているのはアラーの神だけで、喧嘩ばかりしている」という不適切発言にも言及しているが、その発言そのものに対する反省の弁は1行程度で、「どのあたりがルールに抵触するのかよくわかった」と記す。その後、駐日トルコ大使を訪問したところ、「日本とトルコの友情は深い。両国の地理が近ければオリンピックを共催できるのに」という温かい言葉をもらったという描写のみで、その当時、トルコを訪問していた安倍首相が「もしトルコで五輪開催なら『イスタンブール万歳』と申し上げたい」とフォローしていたことなどには触れていなかった。

 第4章は徳洲会事件さえなければ、一番読み応えのある章だったろう。いかに、心に響くプレゼンをするか? というヒントが見えてくる。

――ただ、「東京は安全だ」と言ってもインパクトがない。安全ということを端的に言い表すための数字を探す。財布を落としても、年間三〇億円が手元に返ってくるといえば、その印象は強烈だ。(127頁)

 猪瀬氏はプレゼンテーションで「東京は財布を落としても返ってくる」と披露して笑いを取ったという。安全な東京をアピールするうえで、IOC委員の心を掴んだことは、その行間からも読み取れる。東京では無利子・無担保で5000万円も借りられる……という表現があれば、さらに笑いが取れたとも思える一節だ。

 このほかにも5章では最愛の妻の死について触れられ、思わず眼がしらが熱くなる場面もある。6章では横田基地に民間利用やカジノ構想など猪瀬氏の政策の一部も披露されている。総じて『勝ち抜く力』からは手抜き感は見られず、猪瀬氏なりに全力で「勝ち抜く力」をしたためた一冊なのは間違いない。

 筆者の周囲でも、「年末年始のバラエティ番組を見るより、猪瀬氏の会見を振り返りながら読めばはるかに面白い一冊」(メディア関係者・40歳)という声が上がっていた。

 ちなみに、筆者の母親にも読ませたところ、「あなたは自分を美化しすぎないようにしなさいよ」と、説教めいた感想が……。コタツとみかんで自堕落な正月を送り、自らを省みて実りある1年を過ごしたいという人にはうってつけの1冊だろう。 <取材・文/池垣完>

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