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自己啓発本とは、ジワジワ効いていく漢方薬みたいなもの【編集者・石黒謙吾氏】

 ベテラン編集者であり著述家でもある石黒謙吾氏が先ごろ刊行した『あいつの気持ちがわかるまで』(宝島社)。ジワジワと心に染み渡る“偉人の名言”や“世界のことわざ”に、微笑ましい動物たちの写真を組み合わせた、ライトな自己啓発書といったおもむきの一冊だ。  前編のインタビューに続いて、後編は著者の石黒氏から、巷間溢れる“仕事術+自己啓発”的なビジネス書や安直なライフハック本などに抱く率直な感想、さらには実務的なスキルだけでなく、人間的な魅力を高めることの重要性について語ってもらおう。 ⇒【前編】「男の部屋にあっても恥ずかしくない自己啓発書とは?」https://nikkan-spa.jp/612504 ――近年、“仕事術+自己啓発”みたいな内容のビジネス書が大量に刊行されています。そうした動きについてはどういう印象をお持ちですか?
石黒謙吾氏

石黒謙吾氏

石黒:自己啓発そのものを否定する気持ちはまったくありませんが、そこに過剰に耽溺してしまい、何冊も買い続けることで安心し、結果、思考停止に陥るような“読む側”の問題はあるかもしれません。が、たとえば今回の本で紹介しているような、長らく伝えられてきた格言には、ライフハック的なことではなく、スパッと言い切って、人の心の根幹となる指針を与えてくれて、人生の公式となりうるものが多い。今回、20冊以上の格言集からセレクトしていて感じたのですが、格言のなかでも、ネイティブアメリカンの教えとか、ユダヤの格言とか、中国のことわざとか、より昔のもののほうが、心にビンビン響いてくるものが多かった。人間の本質をつく根源的、普遍的な摂理だからこそ心が動かされるわけです。  誠実な自己啓発書を見つけて、折に触れて読んだりするのは、自分の土台をつくっていく上でも役立つと思いますよ。そもそも自己啓発とは、即効性のあるものではなく、ジワジワと緩やかに効いていく漢方薬みたいなものと僕は考えています。今回の本も、そういうスタンスは強く意識しましたね。  一方で、安直なライフハック本とか、「このとおりにやれば今日から効果が出る」なんて過剰な煽りで読者を騙すような仕事術本は論外でしょう。読者からみればキャッチーだから、そういう本が売れるのは、編集者という職業上は、よくわかります。でも、個人的には好きじゃないですね(笑)。 ――冷静に見れば底が浅いとすぐにわかるような本でも、キャッチーだから売れてしまう……という読者の視野狭窄は、どうして起きてしまうのでしょう? 石黒:みんな焦っているんだと思いますよ。仕事でも、すぐに結果を出さなきゃいけないし、上手に目立たなきゃいけないし、自分の先行きにも不安が付きまとうから、いつも何となくモヤモヤしているというか。だから、手っ取り早く使えて、すぐに効果が出そうなライフハック本や、安直な“仕事術+自己啓発”本に手を伸ばしてしまうんでしょう。結局これって、仕事を器用にこなしている“ふり”だけでも上手になろうとか、とにかく能率を上げられれば何でもいいとか、目先の、表面的で物理的な事柄ばかり気にしている状態。どうしても視野は狭くなりますよね。 ――そうならないためにはどうすればいいでしょうか? 石黒:一歩引いて考えてみることでしょう。僕が折に触れて言っていることですが「視点を変えてみる。俯瞰で物事を見てみる」ことを常に意識していたいなと。 ――具体的には? 雑誌記者、編集者から始まって30年間、取材や打ち合せでさまざまなジャンルの人と接してきた石黒さんとして、体験的にどう思われますか? 石黒:仕事ができる人ほど、人間的な魅力も兼ね備えていると感じます。また、ちゃんとした上司やシビアな取引相手ほど、その人物の仕事の成果と同じくらい(もしかするとそれ以上に)、人間的な魅力を注視しているはず。目先の仕事に意識が向かいすぎて「簡単に結果を出すには」「すぐに成績を上げるには」なんてことにこだわっていれば、わかる人にはすぐに見透かされますよね。  大物であればあるほど、相手の人間的な魅力にちゃんと敬意を払っているし、それをしっかりと観察していると思います。だからこそ、目先の役立ちコンテンツではなく、たとえば心を豊かにしてくれる文学を読んだり、映画を見たりすることが、情操を豊かにさせ、人の暖かみや思いやる気持ちを膨らませてくれるわけです。小手先のテクニックだけにとらわれず、人間性を深化させることにもちゃんと意識を向けられる人。そういう人が醸し出すオーラには、説得力がありますから。  ただ、誤解をしてほしくないんですけど、たとえば機械的にこなす作業のスピードを上げるとか、ルーティンの業務を効率的にこなしていく……みたいなことについては、スキルや方法論も重要ですよ。そこも磨いて物理的な能率をアップさせたい。長い人生、長い職業生活を通じて、最終的に勝つのは、それを踏まえたうえで、人間的な魅力をちゃんと備えている人ではないでしょうか。30年間、人と接してきて、そう痛感します。  企業の経営者とか、あるジャンルでトップをとっているような人は、会って話してみると、人間的にとても魅力的な方が多いです。もちろん、実務者としても優れたプレイヤーではあるけど、それだけでなく、自分の人間性を磨くことにもちゃんと意識を向けてきたからこそ、結果としてトップまでのぼりつめたのだと思います。  上の人間からかわいがられたり、困ったときに誰かが手をさしのべてくれたり、さまざまな場面で呼んでもらえたりというのも、ビジネスマンとしては大事な素養。それって要するに、人間的に魅力があるということですから。スキルの向上と、人間性の向上。その両輪をバランスよく回していくのを意識できない人は、どこか淋しい人生を送ることになるんじゃないかなと思います。当たり前のようで、できていない人は意外と多いものです。 <取材/漆原直行> 【石黒謙吾氏】 編集者・著述家・分類王。1961年、石川県金沢市生まれ。講談社『PENTHOUSE』、『Hot Dog PRESS』の雑誌記者・編集者を経て32歳でフリーに。以来、書籍の執筆、プロデュース&編集に注力し、これまでに200冊以上を手がける。著書は87万部で映画化もされた『盲導犬クイールの一生』はじめ、『2択思考』『図解でユカイ』『ダジャレ ヌーヴォー』『ベルギービール大全』など多数。 プロデューサー・編集者としても、歴史・社会ネタからサブカルまで、硬軟織り交ぜたさまざまな本作りを展開する。近年のものでは、『ジワジワ来る○○』シリーズ(片岡K)、『負け美女』(犬山紙子)、『飛行機の乗り方』(パラダイス山元)、『妄想娘、東大をめざす』(大石蘭)など。全国キャンディーズ連盟(全キャン連)代表。日本ビアジャーナリスト協会副会長。草野球歴35年、年間40試合という現役プレーヤーでもある。
あいつの気持ちがわかるまで

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