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定規で線を引けないマンガ家の時代がやってくる!? ――マンガの描き方本の歴史7

『帽子男シリーズ』や『ギャグにもほどがある』など、作品ごとに惜しげなくアイデアを使い捨てるリサイクル精神ゼロのギャグ漫画家・上野顕太郎氏。実は「マンガの描き方本」を収集することをライフワークとし、現在、その数は200冊以上に及ぶという。 本連載は上野氏所有の貴重な資料本をベースに「マンガの描き方本」の変遷を俯瞰するシリーズである。マンガへの愛情たっぷりなチャチャと共に奥深いマンガの世界を味わいつくそう。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 連載 第七回 上野顕太郎の「マンガの描き方本」の歴史  連載も7回を数えようというこの後に及んで、ゴビをどうするか、という問題に対しての答えが出せずにいる。と言っても、ゴビ砂漠緑化計画について悩んでいるわけでは無く、文章の締めである語尾の事である。いずれ統一を図らなければならないだろうが、とりあえず今はその場のノリで凌いでいこうと思っていますのであるのだ。 ◆「ネットで『マンガの描き方本』を見つけやすくなったものの……」  以前、小学生の頃から「マンガの描き方」本を集め始めた旨、お知らせした。以降の約25年間は大した情報も無く、書店や古本屋を回り、巡り合った物を収集するに終始していたが、今では当たり前になったネット環境が構造を劇的に変えてしまった。検索をかけるだけで「マンガの描き方」本の情報がミラクル手に入る。今ではもう慣れてしまったが、オークションで探し求めていた本があっさり見つかるという体験は実に衝撃的だった。足で探し出し出会う、という事と比べると多少の味気無さは感じるものの、圧倒的な利便性の前には屈服せざるを得ない。「クップク」ってカタカナにするとガッちゃんのセリフみたいですよね?  さて、今日も今日とて便利な事この上ない検索機能を使いまくって「マンガの描き方」本を探しまくっているのだが、ここで問題となるのは検索のためのワードである。何しろ「マンガの描き方」本の題名は「マンガの描き方」一辺倒ではなく、実に多種多様だ。順不同で挙げてみると……。 『マンガ家入門』『マンガ教室』『まんが教室』『マンガを描こう』『マンガの描き方』『漫画の達人』『マンガの描き方教室!!』『少女まんが講座』『まんがレッスン』『漫画の裏ワザ』『劇画専科』『まんがのかき方』『マンガ作家入門』『まんがかき方 名コーチ』『まんが家になろう!』『めざせ!!まんが家』『漫画大学』『10年メシが食える漫画家入門』『1年間で漫画家になる!』等々。  並べてみると、幾つかのパターンに分けられるようだ。 1、「まんが」を描く方法 2、まんが家になるための入門書 3、まんがについて教える場「教室」「大学」 4、うながすもの「描こう」「なろう!」「めざせ!!」 5、具体的な期日を挙げるもの「10年メシが~」「1年間で~」  ざっと挙げただけでも幅有り過ぎ! 未だ出会っていない本もあるだろうと、考えうるあらゆる文言を検索にかけてみる。「まんが」「漫画」「マンガ」「劇画」「コミック」「入門」「教室」「大学」「学園」「描き方」「描きかた」「かきかた」「かき方」「テクニック」「技法」「講座」「養成」……。  いやはや大変ですな。だが、そのおかげで出会えた本も多く、近年は収集の速さに拍車がかかっております。ただ、ネットで入手する場合は内容を確認せぬままに購入する事が多く、軽くギャップを感じる場合だと、実物は思ったより大きな本だったとか、思ったより薄い本だったとか、勝手にソフトカバーだと思い込んでいたら、実物はハードカバーだった、などという具合。  失敗もたまにはあって、『はれときどきぶた』でお馴染みの矢玉四郎(注1)『ぼくへそまでまんが』や、手島悠介・作(注2)岡本颯子・絵(注3)「かぎばあさんシリーズ」の8作目『かぎばあさんのマンガ教室』は、2冊ともマンガをテーマにした児童向けの読み物だった。値は張るが、思い切って落札してみた昭和25年、毎日新聞社発行のワルト(ウォルト)ディズニー・スタジオ画による『まんが学校』(図1)には完全に騙され……というか勝手に思い込んでしまったのだが、内容はマンガの描き方なぞにはかすりもせず、有名ねずみさんやあひるさん達がドタバタを繰り広げるという、ちょっといかれた物語だった。知りたかったな、ディズニー・メソッド! ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=742394
マンガの描き方本の歴史7

(図1)昭和25年、毎日新聞社発行のワルト(ウォルト)ディズニー・スタジオ画『まんが学校』

 近年は細分化された内容の本も数多く出版されている。1冊丸ごとパースに関する解説や、1冊丸ごとキャラクターの作り方や、1冊丸ごとトーンの技法を紹介している本まであり、これ等はひとつの項目が深く掘り下げられているのが特徴である。それ以前に刊行された「マンガの描き方」本は1冊でひと通り漫画製作の工程を解説している物がほとんど。そこで便宜上、「マンガの描き方本」の変遷を大まかに3つの時代に分けてみたい。是非分けさせて下さい。 【1期】大正から昭和初期(戦前)までの本  これは今のところ確認されているもので、今後の研究、発掘によっては明治以前の本が存在するかも知れない。 【2期】戦後から2000年頃までの本  先程述べたような1冊で一通りの工程をまとめた本が多く、人気作家による著作も多い。 【3期】2000年以降に出版された本  細分化が進み、専門書の様相を呈している。大型書店にはマンガの技法書専用の棚も散見されるようになった。  大まかに3期に分けさせて頂いたが、本項で取り上げるものは主に2期の物だ。1期の物は入手が困難で数を揃えられず、マンガの表現自体が現在のそれとは異なっている。3期の物は、細分化、専門化するのは良いのだが、技術面が強調され、著者の心情が伝わらないものが多いような気がする(個人の感想です)。何より2期の物は読み物として面白いものが多いという事による。 ◆「消える道具、新しい道具」  前置きが長くなったが、ここからが今回の本題。マンガの道具について取り上げてみたいと思う。近年では全ての作業をパソコンで行うマンガ家も増えてきたが、途中までアナログでペン入れし、スキャンした原稿をパソコンで仕上げるというパターンの方が、まだ主流のようだ。パソコンという新たな道具の登場は、この業界に多大なる衝撃を与えたが、それを除くと、マンガに使われる道具は大正時代からあまり変わっていない。  パソコン以前の小さな衝撃を挙げるとすると、ミリペン、ロッドリング、トーン等の導入だろうか(トーンの紹介は70年代の初頭頃の本から散見される)。以前もご紹介したが、便利な道具が登場するとイコール手抜きという逆風が必ずと言っていいほど吹く。戦後ブームとなった貸本劇画等で使われていたマジックペンでさえ手抜きとみる向きがあったほどだ。「漫画は墨とペンを使って描く物」という固定観念に縛られていたのだろう。そういう人達は冷蔵庫や洗濯機の登場にも文句を言ったのだろうか?「たらいで洗わなければ洗濯じゃない!!」とか? 何を使って作ろうが、マンガの表現は自由だ。大切なのは「何を使って描いたか」では無く「何を描いたか」という事だろう。今後も意外な道具を使って漫画を創る時代が来るかも知れない、来ないかも知れない。  それとは逆に、意外な道具が消えていくのかも知れない。いつも仕事を手伝ってくれるY君が、別の仕事場で目撃した話だ。その仕事場ではアナログとデジタルの作業を両方行っており、ある日、普段はデジタル作画をしている若者に、アナログでの線引きの仕事が回って来たらしい。その際、なんと定規を使っているのにも関わらず、真っ直ぐな線を引く事が出来なかったのだそうだ。「なんと」などという文言を使ったが、これをお読みになっている方の中には既に、「え~? 定規で線なんか引いた事無いよ」という風におっしゃる方がおられるかもしれませんな! こうなると将来、鉛筆やペンを使ってマンガを描く事が出来ないマンガ家が増え、それが当たり前になる時代が来るのかも知れない、来ないかも知れない。そんな時代が来たら私は言おう、「昔は手でマンガを描いていたんだよ」と。  さて、昭和44年発行『赤塚不二夫のマンガ大学院 基礎編〈アイデアコース〉』(集英社刊)(図2)の「第一部のおわりのことば」で赤塚先生はこうおっしゃっている。  マンガのかき方の本というとすぐ、道具のことがでてきますが、マンガはりっぱなカッコイイ道具だけでかくものではないのです。  ぼくは「たのしく、ゆかいにかく気持ち」を大切にしたいと思ったのです。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=742396
マンガの描き方本の歴史7

(図2)昭和44年発行『赤塚不二夫のマンガ大学院 基礎編〈アイデアコース〉』(集英社刊)

 私も同意見で、マンガ家を目指す動機づけにも関わる問題だと思う。つまり、「マンガ家になりたい」のか「マンガが描きたい」のかという違いだ。マンガ家になったらマンガを描くのは当たり前だと思うかも知れないが、マンガ家を地位と捉えるか、表現者と捉えるかという事だ。微妙な違いではあるし、その両方の面を持つ場合もある。プロになると自分が望まぬ表現に挑まねばならぬ場合もあるからだ。  道具に絡めて言うと、「道具を揃えたぞ、さて何を描こう」と「描くものがあるから道具を揃えよう」という違いか。赤塚先生はまず動機ありき、という事をおっしゃっているのだと思う。  確かに様々な本を紐解くと、道具の紹介は必ずと言っていいほどあるし、前半部にそのページを割く本が多い。だが、先に心構えを説いている本も一定数あるようだ。例えば昭和52年発行、手塚治虫『マンガの描き方』(光文社刊)(図3)では、まず絵は誰にでも描け楽しいと説き、道具の説明はその後になる。  いっとう最初に述べたように、漫画を描くには一枚の紙と一本の鉛筆があればことたりる。だが、これではあまりに貧相で可哀そうではないかという人のために、どのくらい道具を揃えれば、「マンガを描いている」というにふさわしく見えるかを教えましょう。そうすると、お客が来てもまあ大威張りでアトリエを見せられるのだ。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=742397
マンガの描き方本の歴史7

(図3)昭和52年発行、手塚治虫『マンガの描き方』(光文社刊)

 揃えた道具の使い方を楽しげに紹介するのは昭和51年発行、藤子不二雄『まんが入門編』(若木書房)(図4)だ。(図5)のように紹介される道具の数々だが、戦前、戦後を通じてあまり変化が無い。鉛筆、消しゴム、ペン、墨汁またはインク、筆、定規、紙、等々は今も使われ続けているが、その微妙な変化を挙げてみよう。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=742398
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(図4)昭和51年発行、藤子不二雄『まんが入門編』(若木書房)

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(図5)藤子不二雄『まんが入門編』より、何やら揃えたくなる道具あれこれ

ペン先  現在紹介されているのは大概、Gペン、カブラペン、丸ペンの三種類位だが、昭和37年発行、冒険王編集部編『マンガのかきかた』(秋田書店)では、(図6)に加え、丸代ペン、角ペン、ファルコンペン、スクールペン、ガラスペン、竹ペン等が紹介されている(図7) みなさんのよく知っている、手塚治虫先生はかぶらペン、関谷ひさし先生と、白土三平先生は丸ペン、一峰大二先生は、Gペンとファルコンペンをつかわれています(後略) ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=742400
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(図6)昭和37年発行、冒険王編集部編『マンガのかきかた』(秋田書店)

マンガの描き方本の歴史7

(図7)冒険王編集部編『マンガのかきかた』より、さまざまなペン

 ファルコンペンは随分昔に生産中止になっているようだ。私も使ったことがあるが、ガラスペンは扱いが難しく、割れそうで怖かったのを覚えている。その後どうしたのか記憶に無い。自作で割りばしを削った「割りばしペン」を使った事もありました。ペンが生み出す線については、発行年は不明だが『マンガのかき方』(文進堂刊)(図8)(図9)に詳しい。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=742402
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(図8)発行年不明、酒井七馬監修、西上ハルオ編著『マンガのかき方』(文進堂刊)

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(図9)酒井七馬監修、西上ハルオ編著『マンガのかき方』より、ペンの違いによって 生みだされる線の違い

 ベタ用とホワイト用に最低でも2本は用意しましょうと書かれた本が多いが、現在では筆ペンという便利な道具があり、愛好者も多い。 定規  昔懐かし、竹製のいわゆる「ものさし」を使っている漫画家はいるのだろうか? 今はプラスチック製の物が主流で、方眼が入っているものや、背にスチールが入っている物もあり、カッターでトーンの上に集中線を削りだす際に重宝する。  昔は全紙を文房具屋でカットしてもらったり、自分でカットして、あらかじめ作っておいた原稿の寸法の型紙にトンボ穴を開け、一枚ずつ自作していたものだ。現在では漫画原稿用紙があり、始めから印刷には映らない薄い青で寸法が取ってあり、便利な事この上ない。それでも各社によって微妙な質の違いがあるので、描き味や色のノリなどを確かめる事をお薦めします。  とまあ、マイナーチェンジはあるものの、ほとんど変わらない道具の中にあって現在では紹介もされていない物がある、それは……。 カラスグチ  お若い方は聞いたことすらないかも知れないが、漢字で書くと「烏口」(図10)。直線を引くときに使う道具で、ねじの調節により線の太さを変える事が出来、均一な線が引け、主に枠線引きに使われていたが、ミリペンの普及により、現在ではほとんど使われていないようだ。私もカラスグチコンパスは使っているが、枠線は古くなり太くなってしまったカブラペンを使用している。昔の漫画の描き方には必ず載っていたカラスグチ、本当に使われなくなってしまったのだろうか? ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=742404
マンガの描き方本の歴史7

(図10)酒井七馬監修、西上ハルオ編著『マンガのかき方』より、カラスグチの使い方

 実は先日、この連載がきっかけで知った情報により川崎市民ミュージアムを訪れた。以前取り上げた、「伝単」の実物が展示されている『下川凹天と日本近代漫画の系譜』が目当てだった。貴重な資料の数々に大満足だったのだが、隣の展示はなんと『水野英子展』(注4)ではありませんか。  展示されていたものは最近の作品でしたが、流麗な筆致に魅せられました。奥まった場所では水野先生ご本人が作画工程を解説しながらじっくり見せるという映像が流れており、そこには長年の経験から培われたノウハウが散りばめられていたのです。そのなかで「私は今もこれを使っています」と枠線を引く先生の手に握られていたのは、件のカラスグチ。「おお、水野英子はカラスグチ使ってるんだ!」と何だか嬉しい驚きを感じましたとさ、とっぴんぱらりのぷう。 (注1)矢玉四郎:児童文学作家、画家。代表作の『はれときどきぶた』(岩崎書店刊)はテレビアニメ化もされた。 (注2)手島悠介:絵本作家、児童文学作家。岩崎書店刊行の『ふしぎなかぎばあさん』で児童文学作家デビュー。 (注3)岡本颯子:絵本作家で白戸三平の実の妹。代表作に『かぎばあさん』シリーズ、『ふしぎな教室』シリーズなどがある。 (注4)水野英子:日本の少女漫画家の草分け的存在で、トキワ荘に居住したマンガ家の紅一点。代表作に『星のたてごと』『ファイヤー!』などがある。 文責/上野顕太郎 上野顕太郎/1963年、東京都出身。マンガ家。『月刊コミックビーム』にて『夜は千の眼を持つ』連載中。著書に『さよならもいわずに』『ギャグにもほどがある』(共にエンターブレイン)などがある。近年は『英国一家、日本を食べる』シリーズ(亜紀書房)の装画なども担当。「週刊アスキー」で連載していた煩悩ギャグ『いちマルはち』の単行本が11月中旬発売予定 ※第六回は11月下旬に掲載の予定です。
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