「イラク戦争はまだ終わっていない」開戦から10年、一家族を追い続けたドキュメンタリー

 日本で暮らしていると、イスラム世界についての情報に接することは少ない。パレスチナやイラクで空爆があったり、邦人が人質になったりという時には一気に報道されるが、その後はパタッと情報が途絶えてしまう。実際、現地はどうなっているのか? アフガニスタン、「イスラム国」などの取材を続けている報道写真家の横田徹さんと、イラク戦争のドキュメンタリー映画を公開したジャーナリストの綿井健陽さんに、日本の報道ではわからない「イスラムの姿」について語ってもらった。

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◆遺体や嘆き悲しむ人々の姿を伝える必要性

横田徹氏

――綿井さんの新作映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』が上映されています。イラク戦争開戦から追い続けた、イラク人家族の10年間のドキュメンタリーです。横田さんはもうご覧になりましたか?

横田徹:じっくり拝見しました。よくここまで綿密に取材したなと思いましたよ。日本の報道では、最近はバグダッドで爆破テロがあったとしても、犠牲者の数くらいしか伝えられないでしょ。その一人ひとりにも家族や友人がいるのに、焦点はなかなか当たりません。綿井さんが何度も現場に行って、アリ・サリバン一家という一家族に密着した映像をまとめることで、戦争の犠牲者の哀しみがじっくりと伝わった気がします。

綿井健陽:ドキュメンタリーの世界では、物語の軸になる人や家族の背後にある「ビッグ・ピクチャー(大きな画)」が、どう見えてくるかがカギになります。この映画の場合は、アリ・サクバン家族に焦点を当てて、その背後にイラク戦争の傷跡がどう見えるかということになります。それはいわばオーソドックスな描き方なのですが、このアリ・サクバン家族を追っていけば「ビッグ・ピクチャー」が見えてくるだろうと、ずっと取材現場でも思っていましたね。

横田:それから映画の中では、遺体の映像や泣き叫ぶ身内の姿がたくさん出てきます。僕はこれをあえて出すことは非常に大事だと思うんです。そこを見ないと、どれだけ戦争が残酷なものなのかわからないし。

綿井:遺体の映像は、映画の中ではいくつかはありますが、実際に観たお客さんから嫌悪感のような反応は今のところはありません。ただし、劇場やネットでの予告編映像だけを観た人からは、不快に思った人はいたようです。僕としては、遺体の映像の前後のシーンや文脈までを含めて観てほしいと思っています。

横田:そこを見せないと「戦争はこういうものだ」というのが伝えられないと思うんです。僕も高校などで講演することがあるんですが、あえて自分で撮った遺体の写真を見せています。高校生は感受性豊かだから敏感に反応してくるし「こういうシーンがテレビで報道されていないのはなぜだろう」という、報道の裏側の部分まで考えてくれたりしますね。

綿井健陽氏

――綿井さんは2003年3月のイラク戦争開戦時、バグダッドのホテルで米軍の空爆開始を目の前で目撃していました。1991年の湾岸戦争は盛んにテレビで報道されて、「テレビで観る戦争」というあだ名もついていましたが、この映画では、いわば「ホテルで観る戦争」が描かれていますね。

綿井:映画に出てくる米軍空爆のシーンは、正確に言えば開戦2日目の様子です。外国通信社の「午後9時から大規模空爆が始まる」というニュース速報を聞いていたので、あの映像が撮影できたのです。それを知らない人たちは、ホテルの食堂で晩ごはんを食べているような時間でした。バグダッドにはいたものの、あの映像を撮れていない人もたくさんいたようです。

横田:泊まっていたのはパレスチナホテル? そのころ僕もバグダッドに取材に行きましたが情報省の横にあるラシッド・ホテルだったけど。

綿井:そうです、あのパレスチナホテルです。あそこはチグリス川をはさんでいて「爆撃が始まっても安全」と言われていたので、多くの報道陣が宿泊していました。ラシッドは危なかったでしょう! 空爆で一番先に狙われるのは大統領宮殿とか政府の関連施設ですから。もっとも、パレスチナホテルも後になって米軍の砲弾が撃ち込まれましたが。

開戦当時の米英軍によるバグダッド大規模空爆(2003年3月)(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

――現在もイラク戦争後の混乱は続いています。映画では戦争の無慈悲さや不条理さを強く感じましたが、現地の人々はどんな風にこの状況を消化してくのでしょうか?

綿井:イラク市民にとっては、戦争を解決する方法なんて誰にもわからない。開戦前も市民に話を聞くと「戦争が終わるまで、家でじっと待つしかない」なんて言っていました。独裁政権下では政権批判はできないし、国外に訴えることもできない。そうは言っても、買い物もするし、仕事も行かなきゃならない日常生活は必ずある。米軍の攻撃の後には宗派抗争という内戦状態が始まり、爆弾テロも相次いでいます。イラクの民間人の死者が最も多い時期はイラク戦争開戦当時ではなく、その後の2006~2008年の宗派抗争激化の時期なんですね。その最悪の時期から比べればですが、今はまだましとも言えます。

◆戦場では、生と死のコントラストが剥き出しになる

米軍空爆で重傷を負った娘シャハッドを前に叫ぶアリ・サクバン(2003年4月)(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

横田:僕もアフガン等の戦地を取材していて、人はどんな状況にも適応していくという強さを知りましたね。もしも彼らが住む場所を変えられなくて、そこで生きるしかないとしたら状況に合わせるしかない。人間は意外と逞しいですよね。

綿井:米軍の空爆が始まった頃、こんな話をあるイラク人から聞きました。爆撃が始まると、家族は家の中のなるべく真ん中に集まるそうです。窓や壁のそばにいると、爆弾の破片が飛んでくるので。そしてなるべく楽しい話をするそうです。みんなで歌を唄ったり、おとぎ話をしたり。子供が空爆の方に注意が向かないようにして、そんな風に爆音から気を紛らわす。家族で支えあって、生きる術を見つけて行くというか。

横田:取材する側の立場でも、こういう究極の場面では人間関係が実に密になりますね。僕はアフガニスタンで計10年くらい米軍の従軍取材をしましたが、米兵は危険な状況では常に安全を確保してくれ、ある時は盾になってくれたりする。一人ひとりはすごく気のいいあんちゃんで、米兵との間に嫌な思い出は一つもありません。ベトナム戦争期と違って黒人兵は少なくて、田舎からやってきた白人兵が多かったのですが。彼らの善良な部分や邪悪な部分が見えたり、感情をぶつけあう部分も見えたりして、人間の本質が露わにされます。日本ではこういう機会は少ないだろうし、変な話、戦争ほど興味深いテーマはない。

開戦から10年後のアリ・サクバン家族。前列左の男の子が持っているのはアリの遺影(2013年4月)(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

綿井:生と死のコントラストが剥き出しになるのが戦争ですね。だから戦地では、どうってことのない食事でもすごく美味しく感じる。ナンの一かけら、コップ一杯の水だって美味しくて、「ああ、生きているんだな」という実感が生まれる。

横田:そうそう。いつ食べられなくなるか分からないと思うから、結局ヒマさえあれば飯ばかり食べているんだけどね(笑)。人間って不思議なもので、緊急時にはそういうスイッチが入るんですね。

綿井:まあその半面、絶えず死のリスクもあるでしょう。特に、ふと気を許して無防備な状態になったりするときかな。「戦争取材では、臆病であることが一番重要だ」とベテランの記者から言われたことがあります。僕は必ず現地の通訳や市民に事情を聞きます。彼らに「あそこは危ないからやめておけ!」と言われたら、基本的にそれに従いますね。

横田:この前、生き残りのゼロ戦パイロットに取材したんです。その方も飛んだら絶えず周りを細かくチェックする。「勇敢な奴よりも、そういう奴の方が生き残るんだ」と話していました。僕も同じことをしていますね。戦場ではいったん部屋の外に出たら、絶えず周りをチェック、チェック。

綿井:心配している8~9割は取り越し苦労だったりするんだけど。でも常に落ち着かないですね。寝る時も身体が自然に固くなっているので、朝起きると身体中がどうも痛い。イラクやアフガニスタンは現在でもそんな状況にあり、戦争はまったく「終わった」とは言えないのに、日本ではどんどん報道が少なくなっている。現地の人々にとっては、軍隊による戦闘が終わった後も戦争は続いているんです。終わりなき戦争の日常です。

横田:だから綿井さんがずっと同じ取材対象を10年間記録し続けたというのは本当に貴重ですよ。これこそホンモノの「戦争報道」と言えると思います。

<聞き手/長谷川博一>

【綿井健陽(わたい・たけはる)】1971年、大阪府生まれ。映像ジャーナリスト、映画監督。1998年からフリー・ジャーナリスト集団「アジアプレス・インターナショナル」に参加。これまでにスリランカ民族紛争、スーダン飢餓、東ティモール独立紛争、イラク戦争では2003~2013年の間にバグダッドやサマワ、国内では光市母子殺害事件裁判、福島第一原発事故などを取材。著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)、共著に『311を撮る』(岩波書店)ほかがある。2005年「JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞」大賞を受賞。2014年ドキュメンタリー映画作品『イラク チグリスに浮かぶ平和』を発表。

【横田徹(よこた・とおる)】1971年、茨城県生まれ。報道写真家。1997年のカンボジア内戦からフリーの写真家として活動を始める。その後、コソボ、パレスチナ、イラク、アフガニスタン、ソマリア、リビア、シリアなど世界の紛争地においてスチール撮影、ドキュメンタリー番組制作を行なっている。写真集に『REBORN AFGHANISTAN』(樹花舎)、共著に『SHOOT ON SIGHT 最前線の報道カメラマン』(辰巳出版)など。2010年、世界の平和・安全保障に期す研究業績を表彰する第6回中曽根康弘賞・奨励賞を受賞。

【『イラク チグリスに浮かぶ平和』上映情報】12月26日(金)まで「第七藝術劇場」(大阪市淀川区)で上映。その後、「神戸アートビレッジセンター」(神戸市兵庫区)、「横川シネマ」(広島市西区)、「横浜シネマリン」(横浜市中区)など各地で順次公開。詳細は公式サイト(http://www.peace-tigris.com/)にて。

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