プロレス『大河ドラマ』のオムニバス@後楽園ホール(前編)【超豪華なレジェンドレスラーたちのコメントあり】――「フミ斎藤のプロレス講座」第20回

プロレス『大河ドラマ』のオムニバス@後楽園ホール(前編)

左からテリーファンク、野澤論外、ミル・マスカラス

 12・10小橋健太プロデュース『Fortune Dream2』。12・11東京愚連隊『Tokyo Dream2014』。12・12みちのくプロレス『宇宙大戦争~神々と亀々の戦い~』。12・14全日本プロレス『和田京平レフェリー40周年&還暦記念大会』。先週は水曜から日曜までの5日間で計4回、後楽園ホールに足を運んだ。

 12・10小橋建太プロデュース『Fortune Dream2』は、昨年5月に引退した小橋建太が「“プロレス人”としてぼく自身が観てみたい試合」をプロデュースした興行。ことし6月の第1回大会につづき、2回めの開催となった今大会には13団体から全23選手が出場した。大会コンセプトは“熱い試合”である。

「きょう、どの試合がみなさんの声援をいちばん勝ちとるか。どの試合がいちばんみなさんの心に残るのか。ぼくも楽しみにしています」

 全7試合中、第5試合には“トークバトル30分1本勝負”として小橋と天龍源一郎のリング上でのトークショーがラインナップされていた。天龍と小橋の関係は全日本プロレス在籍時代の先輩と後輩。以下はふたりの“熱いトーク”からの抜粋。

天龍「落語家じゃないのに、トークで(オレを)呼んだ小橋に怒ってるんだよ」

小橋「全日本のぼくの先輩として、なにも隠すことなく、きょうはいろいろな秘密を」

天龍「入門のときね……、滋賀県の皇子山(おうじやま)に(小橋が)面接に来てた。馬場さんが『だれが面接してもいい』と。イイ体したのが入ってきた、と話してたんだ」

小橋「滋賀県大津市です。入門テストをやると思って練習着を持っていったんですけど、入門テストはなかったんです」

天龍「鳥取の試合だったと思うけど、(小橋が)ムーンサルトをやってたんだ。けっこう上手でね。あんな大きな体でね。それで(小橋の存在を)意識したのをおぼえている。彼は馬場さんの付き人をやってた。馬場さんのモノマネをしてたらしいじゃない?」

小橋「天龍さん、ひどいですね(笑)」

 天龍の証言によれば、馬場さんが「ちいさな団体のなかで(上の選手たちに)付き人をつけると派閥ができるからダメ」という考え方だったため、全日本プロレスでは一時、若手選手がベテランの身のまわりの世話をするというシステムそのものが廃止されていたという。これに異論を唱えたのがザ・グレート・カブキだった。「メインイベンターが自分で荷物を持って歩くのはよくない」というのがカブキの主張で、結果的に――力道山が相撲社会から持ち込んだ慣習――“付き人制度”は復活した。

天龍「馬場さんの付き人っていうのはみんなエリートなんです。オレの付き人なんてさ、冬木(弘道)、小川(良成)、折原(昌夫)でしょ。みんな特徴あるでしょ(笑)」

小橋「試合のあと、これから飲みにいくからと、天龍さんが『馬場さんからお米もらってこい!』と言われたので、ぼくが馬場さんのところに、すみません、天龍さんが『お米を持ってこいと……』とうかがいにいったんですね」

天龍「山形県の酒田、ですね。このトシになると昔のことはよくおぼえてる」

 “お米”とは“お金”“現金”を意味する相撲界の隠語だ。馬場さんが小橋に持って帰らせたのは白いお米が入った袋だったが、それはいかにもリッチな馬場さんらしいジョークだった。

天龍「(小橋が)これ、馬場さんから預かってきましたといって持ってきた袋にはほんとうのお米が入ってた。ん?と思ったら、袋の下のほうに1万円札が10枚入ってた(笑)」

 気前がいいこと、仲間や後輩、あるいはマスコミにはお金を払わせないことが馬場イズムの基本中の基本だった。小橋はみずからの新人時代のこんなエピソードも紹介した。

小橋「(世田谷の)砧の道場に毎日、午後3時ごろになると天龍さんが来るんですね。ある日、天龍さんから『おい、ガソリン、入れてきてくれ』と頼まれたので、道場はクルマが通りにくい細い道路の奥のほうにあったんですけど、ぶっつけないように気をつけながら運転して、ガソリンを入れて帰ってきたんですね。そうしたら、天龍さん、『お、ありがとう』といって5万円くれたんです。すごく気前のいい方だなあと思いました」

天龍「あんまりよくおぼえてません」

 小橋が天龍と闘った試合のなかでいちばん印象に残っているのは、ジャンボ鶴田とのコンビで天龍&スタン・ハンセンと対戦したタッグマッチ(1989年7月25日=東京・後楽園ホール)だという。小橋は当時、まだキャリア1年のルーキーだった。

小橋「ボコボコにされたから、よくおぼえています。お前なんか顔じゃない、メインイベントに上がってくる顔じゃないよ、って」

天龍「厳しくするほうが(その選手は)活躍するようになる。一生懸命やれば、お客さんも理解してくれる。共鳴したり。希望を与えたり。それがリングのなかだと思ってる」

 小橋と天龍の――馬場さんの弟子ということ以外の――共通点は、ふたりとも逆水平チョップを得意技としている点だ。

小橋「ぼくは馬場さんのチョップ、馬場さんの若いころの容赦ないチョップをみて、いいなあと思ってチョップを使いはじめたんです。天龍さんはだれがお手本でしたか?」

天龍「アメリカにいたときね、日本人はチョップを使うイメージがあったので、それで使ってた。その根底には馬場さんの技だから、というのがあったのかもしれないね」

小橋「天龍さんといえば、コノヤローッというあのチョップですよね」

天龍「自分の腕力を自慢したいとき、誇示したいときに使う。ぶっ飛ばしてやろう、じゃあ、これでどうだーっ、という表現の仕方ですね」

 64歳の先輩と47歳の後輩の対談は“30分時間切れ”のゴングと同時に終了。天龍と小橋はおたがいがおたがいのエピソードをしゃべりつつ、じつはジャイアント馬場イズムと王道・全日本プロレスについて語り合っていた。ふたりの会話に耳を傾けながら、あるときは笑ったり、またあるときはうなずいたり、納得したり、大きな拍手を送ったりしていたのはやっぱり40代以上の“かつての少年ファン”だった。胸がキュンとなるようなこの感覚は、それから24時間後の後楽園ホールのリングにそのままつながっていた。

 12・11東京愚連隊興行『Tokyo Dream2014』の目玉企画は――ほかの試合はどうでもいいということではないけれど――テリー・ファンク&ミル・マスカラス&船木誠勝対藤原喜明&カズ・ハヤシ&NOSAWA論外の6人タッグマッチだった。

 6人タッグマッチというシチュエーションではあるが、この試合の主役はもちろん70歳の“リビング・レジェンド”テリーと72歳の“仮面貴族”マスカラスのふたりである。船木はこの興行をプロデュースしたNOSAWA論外との約束どおり(ビミョーに色合いはちがっていたが)グリーンのショートタイツ、グリーンのニーパッド、グリーンのレガースといういでたちでリングに上がってきた。NOSAWAがイメージしていたグリーンのコスチュームとは、船木がキング・オブ・パンクラス王者バス・ルッテンに顔をボコボコにされてTKO負けしたあと「あしたからまた生きるぞ!」と叫んだ日(1996年=平成8年9月7日、東京ベイNKホール)に身につけていた濃いミントグリーンの“一式”だった。

 テリーの入場テーマ曲は“スピニング・トーホールド”で、マスカラスの入場テーマ曲は“スカイハイ”。伝説の男たちの、全盛期のそれとまったく変わらない入場シーンだけで後楽園ホールは完全にハイになった。

 予想どおりといえば予想どおり、試合はマスカラスが十八番ダイビング・ボディーアタックでNOSAWAをフォールしてジ・エンド。ライブの観客は目にすることのないワンシーンではあったが、バックステージでの各選手の試合後のコメントがまたよかった。65歳の“関節技の鬼”藤原はすっかり興奮していた。

「自分より年上のレスラーとやるのは何十年ぶりでした。日本人がいくらがんばっても、あんなふうにはできない。夢がありますね。オレが高校生のころ、雑誌に“まだ見ぬ強豪”としてマスカラスの写真が載っていた。わー、カッコイイなあと思って、あこがれたものです。あれっ、きょう(マスカラスに)1回も触ってねえや」

 ここでNOSAWAが「じゃあ、またこんどやってください。3回めでやっと触れる、ってことで」とフォローをすると、藤原は「恐れ多くて触れないのかもしれませんね。いやー、勉強になりました。(よこにいたハヤシとNOSAWAに向かって)お前ら、ファンに戻ってたんじゃねえか? オレもファンに戻ってた。はるか昔のオレですけどね」と答えた。藤原が自分のことを“プロレスファン”と認めるのはかなりめずらしい。

「テリーさん、好きだな。オレも生きてたら、また呼んでください。このトシになると明日のことはわからない。ニコッと笑って、今夜あたりポックリ逝くかもしれないしね」

 今大会をプロデュースしたNOSAWAはこうふり返った。

「ホント、プロレスやっててよかった。ホント、来年また……。きょうは満足。満足(という言葉)しか出てこない。無理してテリーとマスカラスを呼んでよかった。これだから自主興行はやめられません」

 試合の前日までに日本に来るはずだったテリーは、テキサス州全体を覆った寒波のためアマリロとダラスの両空港が2日間閉鎖され、搭乗予定だった便が欠航になり、ほかのすべての便もキャンセルとなったため一時は“来日中止”のウワサが流れた。結果的にテリーとヴィッキー夫人は試合当日の11日午後にようやく成田に到着し、テリーは宿泊先のホテルでちょっとだけ昼寝をしたあと、なにごともなかったかのように後楽園ホールに姿をみせた。

 マスカラスの試合後のコメントはやっぱり“仮面貴族”そのものだった。

――本日のパートナーのテリー、船木について。

「グッド・パートナー。いい試合ができました」

――船木は少年時代、あなたにあこがれてプロレスラーになることを決意したそうです。

「そういうレスラーはたくさんいます」

――テリーについては?

「経験豊富で、とてもいいレスラーです」

――日本のファンにメッセージを。

「わたしのミュージアムがもうすぐ完成します。わたしを描いた油絵が115点、トロフィーが189個、これまでに獲得したチャンピオンベルトなどが展示されます。マスクは900枚、展示されます。マスクの絵柄のパターンは全部で165種類あります」

斎藤文彦

斎藤文彦

 “千の顔の持つ男”のマスクが900枚というのはなんとなくヘンな感じがしないでもなかったが、マスカラスはいつになく饒舌で上機嫌だった。主催者サイドがマスコミに発表したこの日の入場者数は「1000人ということで……。マスカラスですから」。メモを取る記者たちもみんなニコニコしていた。(つづく)

文責/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。

※このコラムは毎週更新します。次回は、12月24~25日頃に掲載予定!

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