鈴木涼美の「おじさんメモリアル」――おじさんたちのいじらしい奇行の物語

「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは自らを饒舌に語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)などの著作で「性を商品化する」女性たちの内面を活写し注目されている文筆家の鈴木涼美が、「おじさん」をテーマに日刊SPA!で新連載を開始!

おじさんメモリアル<第1回 ときめかないけどメモリアル>

「落としましたよ」という声がして、私は都営大江戸線新宿駅のエスカレーターを降りる直前に反射的に「あ、どうも」と後ろを向いてその紙を受け取った。つい先日、5月になったばかりの火曜日のことである。足早に人の列の中に紛れ込んでどこかへ行ってしまったその50代半ばとみられるオジサンが渡してくれたのは、手帳を破いたような紙を折りたたんだもので、当然私はそんなものを落とした記憶はないのだけれど、ただ片付けられないオンナたち会員ナンバー69の私は自分のバッグや財布の中身を把握しているタイプでもなく、なんかレシートかメモを落としたのかなと思って4つに畳まれたそれを開いてみた。

「あなたの笑顔のファンになりました」と書かれたその紙には他に電話番号とメールアドレスらしき文字列があって、携帯の顔文字で言うところの笑顔(^^)が手書きで書かれていて、前を見るとおじさんはもう人混みに紛れて消えていた。まず、地下鉄から降りてとぼとぼ歩いてエスカレーターに乗った私は、絶対に途中笑顔なんか見せていないはずだし、もし笑顔を見せていたとしたら含み笑いの明らかにあやしい人なわけだし、いつ笑顔を見たんだ! ちょと待ってちょと待ってオジサン、と言いたい心境の私はしかし、猛烈なデジャブ感に襲われて、待ち合わせをしていたおでん屋に入るなり、友人にそのことを滔々と語った。

「女子高生になったばっかりのちょうど5月とかにさ、品川で横須賀線降りたら、階段の下で急に、これ落としましたよって言われてさ、紙開いたらあなたのファンになりましたって電話番号書いてあって。スーツの普通のおじさん。推定50代。そんでマー君に言ったらかけてみようぜってことになってね」

「禿げてた?」

 新宿「お多幸」の大根をつつきながら、高級デリヘル嬢の友人がつっこんでくる。

「いや、覚えてないけどそんなに禿げてなかったような気がするわ。なんでよ?」

「女子高生に番号を渡してくるオジサンは禿げててほしいじゃん」

 ちょっと、「確かに……」と思いながら私は、クラス1のギャル男のマー君がかけてくれた電話を思い出した。まだ斬新だった頃のパカパカの携帯をスピーカーにして、彼は紙に書いてあった番号に発信。2コールくらいで、オジサンのオジサンらしい声が「あ、もしもしぃ?」と聞こえた。そこで、群がっていたクラスメイトが別に大しておかしくもないのに爆笑し、マー君が「おい!」と電話に向かって威嚇するようなちょっとかっこよさげな声を出した数秒後に、オジサンの側から電話は切れた。私が、華の女子高生としてオジサンたちと交信しだす前夜の出来事である。

「で?」

 高級デリ嬢は辛子と大根をコラボレートしながら畳み掛けてくる。

「いや、それで終わり。なんかちょっと悪かったなーと思って。電話かかってきて浮足立ったところにワイワイ笑っちゃってさ。さっき駅でこれもらって、なんか罪悪感に襲われたわ」

「結局、紙も捨てちゃったんだ? 惜しいねっ。その人実は金持ちでさ、オナニー見せるだけで10万とかくれてたかもしれないのに」

「オナニーに10万枠持ってる人が電車通勤するかね?」

「まあそうか、駅ってとこがしょっぱいけど」

 どちらにせよ、まだ私は私の身につけている靴下やシャツやリボンやスカートが、あの禿げていたかは定かではないけれどイメージ上は禿げていたオジサンに、めくるめく妄想や快楽や喜びを与えるなんてことはいまいち知らなかったし、その妄想やら快楽やら喜びをこちらが受け入れることで、私たちに富が齎されるなんてことは、知識としてあっても実感としてはなかった。私はただ世の中が楽しいよー踊れ踊れと言っていた女子高生という記号の中に突入していって、オジサンとの交信は事後的についてきたのであった。

 その後、私は私に吸い寄せられるオジサン方と形式上、あるいは精神的に、あるいは肉体的にふれあいながら、別にそれだけで身を立てるでもなく、かと言ってそれ抜きではなかなか人生が設計できず、女子高生として女子大生としてAV嬢としてキャバ嬢としてOLとして、のらりくらりと生きてきた。私を買っていったオジサンもいれば、私を買わないと宣言したオジサンもいれば、買わないけど抱きたいと図々しく言ってくるオジサンもいる。気づけば脳みそや携帯電話や心の中に、通り過ぎていったオジサンたちの思い出というにはあまりに小汚い残骸がたまっている。

「でもなんかやっぱりあの品川駅のオジサンにはさ悪いことしたから、変わりにこの番号に電話かけて、なんかゴメンネって言いたくなったのよね」

「いや、違う人だから」

「そうだけど、あまりに似てない? 手口が。どっかのハウツー本に書かれてるナンパ方法なのかな? 流行ってんのかな?」

「そんな無害なオジサンはいいんだけど」

 箸についた辛子を舐めながら、高級デリ嬢が話題を次にうつす。

「前に私が2時間踊り続けた話したでしょ?」

 彼女が2時間踊り続けた話を要約するとこうだ。ある日、店から新規の客であるという事前情報のみを聞いて、錦糸町のラブホテルに90分コースでデリバリーされた。中に入ると新規客らしい40代くらいのわりと若めのオジサンが「店にインコールする前にちょっと教えて。君って清楚そうに見えるけど、クラブに行ったりする?」と聞いてくる。当然、高級デリ嬢が清楚なわけもなく、清楚なのは商売上のコスプレであるのだが、わりと正直でなおかつ臭覚の鋭い彼女は「お仕事の時はこんな格好ですけど、毎週金曜と土曜はめっちゃエロい格好でクラブ行きますよ」と申告。すると客は「じゃあ120分コースにしてあげる」と若干上から言ってきて、彼女的にはアップ時間を過ぎてしまうのであんまり嬉しくはなかったが、その日はいまいち客のつきも悪かったので甘んじて受け入れた。

 シャワーを浴びようとする彼女を制し、オジサンは「そういうのはいいから」と、手持ちのCDをプレーヤーにセットしてクラブミュージックを流し出し、「そこでさ、クラブのお立ち台だと思って、俺はそれをVIPルームで見てるオトコだと思って、誘うみたいにエロく踊って」と注文してきた。変わった前戯だなと思いつつも、彼女は健気にオンガクに合わせて踊り、いつしかオジサンは自分で自分のスラックスを下げて、股間をしごきながら、いとも簡単にフィニッシュ。そのまま続けて、というオジサンの要望に答え、結局彼女は10分前のアラームが鳴るまで服を着たまま手にオジサンの性器を握ることもなく踊り続け、オジサンはその間、3回イッた。

「覚えてるよ。若い時に冴えなくてクラブとか行ったことなくて、クラブのVIPルームでエロい女の子見ながらヌくっていうシチュエーションに憧れてたオジサンでしょ?」

「そう、そいつがこの間2ヶ月ぶりに指名くれてね。前回とまったく同じ。2時間踊りっぱの3回射精で。で、他の店とかもこうやって呼んでは踊らせてヌイてるのって聞いたら、いや恥ずかしくて言えないから、他の店で呼んだ時は普通のノーマルのサービス受けてたんだって。で、キミはなんとなく信用できそうだから、長年の夢を叶えたかった、って」

「ノーマルなサービスよりは楽なわけでしょ? よかったじゃん」

「そうね、でも2時間踊り続けるのってまあまあ疲れ果てるよ。ってそれはいいんだけど。恥ずかしいの意味わかんないでしょ? 踊ってっていうのは恥ずかしくて、チンコ舐めてっていうのは恥ずかしくないのかよ」

携帯電話

まだカラー画面も動く絵文字も勿論LINEもなかった携帯に、友人や彼氏やオジサンとの関係の全てを一緒くたに詰め込んで持ち歩いた

 若干仕事ホリックなこの高級デリ嬢は、週に5~6回出勤して、それだけで15人くらいになる上に、休みの日は直引きに切り替えた客とデートなどしており、おそらく彼女の脳内や携帯電話や心にも、タウンページ級のおじさんメモリアルが詰まっているに違いない。2時間コースで10万もの大金をはたいて彼女に踊り続けろというオジサンも滑稽だが、5万円もらって踊り続ける彼女もまた滑稽なわけで、こっちがこっちの論理で消化している事態がある以上、買っていったオジサンたちの論理もあるだろう。

 オカネを払っているオトコたちはオカネでオンナを自由に服従させようとしてひどいなんていうけど、オカネ払わないと私たちと交信できないオジサンはオジサンで物悲しさや虚しさを感じてるんじゃないかなーとも思う。で、その物悲しさが原因かは知らないけれど、オジサンたち、なかなかの奇行をしてみせる。私がここから紡ぐのは、オジサンたちのいじらしい奇行の物語で、もしかしたらその物語の集積の先に、彼らの論理が見えるかもしれない。いや見えないかもしれないけど、とりあえず面白いから、笑いつつ読んでいただきたい。

【鈴木涼美(すずき・すずみ)】
83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。「身体を売ったらサヨウナラ  夜のオネエサンの愛と幸福論」(幻冬舎)発売中。現在は日経新聞を退社し、執筆業を中心に活動。幻冬舎plusにて「愛と子宮が混乱中 夜のオネエサンの母娘論」(http://www.gentosha.jp/articles/-/3708)を連載中
<イラスト/ただりえこ 撮影/福本邦洋>

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