世IV虎
6.14女子プロレス「スターダム」(東京・後楽園ホール)では、自身が起こした顔面殴打事件の責任を取る形で現役引退を決意した世IV虎(よしこ)の引退セレモニーが行われた。セミファイナル終了後、入場テーマとともに姿を現した世IV虎。
「このたびはご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ありません。今日はセレモニーに参加するためでなく、お客さんに挨拶したくて来ました」
そう頭を下げると、会場中のファンから「辞めないで!」の大合唱が響く。そのとき、紫雷イオら5選手がリングインして、引退撤回・慰留を求めるというアクシデントが発生。困惑した世IV虎は「話が違いますよ、小川さん(団体社長のロッシー小川)」と訴えるも、結果、予定されていた10カウントゴングもなく、リングを後にした。
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世IV虎慰留を訴える紫雷イオ(写真左)と岩谷麻優
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ドタバタ劇の混乱のなか、リングを後にする世IV虎
世IV虎は本当に引退するのか? 世IV虎が引退することを決意してからも、最後まで慰留に努めていたスターダムの風香GMを直撃した。
風香GM
風香:実をいうと、後楽園で(紫雷)イオがやったことは私がやるかもしれなかったです。スターダムのファンが世IV虎を辞めさせたくない気持ちでいることは、これまでの大会やイベントなどでも痛感していましたし。それでイオから「世IV虎の件、なにか考えていますか?」って聞かれたから、「もしファンのみなさんの後押しがあるようなら、私はこれだけの人が世IV虎を待っていることを伝えたい」って答えたんですね。すぐに答えを出してもらうのは無理なのはわかっていたけど、「これがお客さんの声だから」と説明したうえで、「戻ってくる場所はあるよ。気持ちが変わったらいつでも来てほしい」とは伝える気でいました。そうしたらイオが「私も絶対に諦めたくないです。それだけは伝えたい」と言ってきた。それ以上の話はしてませんし、どうなるかはあの瞬間までわからなかったけど、まずはイオに託しました。もしかしたら世IV虎は「はめられた」って感じているかもしれないけど、純粋に一個人としての紫雷イオと風香の思いだったんです。逆効果だったかもしれません。でも、何もしなければ本当に終わっていました。あれが良かったのか悪かったのか今はわからないけど、私は長い目で見たときに必ずあのお客さんの声と選手の涙を思い出してくれるときが来ると思うんです。だから批判も覚悟で思いだけは伝えたかった。
そもそも風香は現役引退後、プロレスの世界から足を洗うつもりだった。ところが愛川ゆず季からプロレスの指導をしてほしいと頼まれ、プロレス教室を開催するようになる。そこには練習相手として、風香のファンが数多く集まってきた。その中のひとりが世IV虎。そして「このコたちが報われる場を作りたい」という思いから立ち上げた団体がスターダムというわけだ。今から4年前の話である。
風香:つまり私にとって、世IV虎というのはスターダムを作った理由そのもの。世IV虎が引退するときは、今度こそ自分もプロレスから離れることになるんだろうなって漠然と考えていたくらいなんです。もちろん今は世IV虎以外にも大切な選手が増えたわけですけど、出発点が世IV虎というのは変わらないですからね。それだけに世IV虎がああいう試合をやってプロレスを辞めるっていうことは、納得いかないというか、諦めきれないです。世IV虎は若いから今すぐじゃなくてもいい。3年後でも5年後でも復帰することがあるとしたら、それは私がいるスターダム以外はありえないと思うんです。今は自分の中のモチベーションを、「世IV虎が帰ってこられる家(スターダム)を守る」という方向になんとかもっていっているところですね。
前回の記事『「ギブアップしていれば事件にはならなかった」女子プロレス“顔面殴打事件”を安川惡斗本人が振り返る』で安川が語っていたとおり、世IV虎と安川惡斗の間に何があったのか、本当のところは当事者でないとわからない。だが「女の職場」ゆえの複雑に絡み合った感情のもつれが存在したのは確実だろう。そのへんの事情について風香は次のように説明する。
風香:女のコ同士って、基本的にベッタリ仲よくなりたがるんですよね。ところが仲よくなると、絶対にどこかで反発し合う局面が出てくる。なので私としては、最初から一線を引いてほしいというのが本音ですね。人間関係のトラブルが仕事に影響するのは、大人として、社会人として最悪ですから。ただ、これはプロレスに限らず、女社会だったらどこにでもある話じゃないですか。今のスターダムは人間関係がスムーズですけど、正直、過去にはベッタリ距離が近すぎて、そこで問題を起こして辞めるコもいました。
選手に自分の感情をコントロールさせるのは、「肉体を鍛えるのとは違ったベクトルの難しさがある」と風香は語る。まず最初にやるべきことはプロ意識の徹底。どんなに腹が立つ相手でも、仕事だから試合はきちんとやらないとダメ。観客がいてこそのプロレス団体なので、そこをないがしろにすることはありえない。そういった当たり前のことから叩き込むのだという。
風香:ただ難しいのは、その一方で、エルボーひとつとっても「相手を抜いてやる!」というリアルでとげとげしい感情があると、技の威力が全然変わってくるんです。私の場合は若手の選手を教えることが多いんですけど、たとえばAとBという同期の選手がいると、両方に「ちょっと向こうの勢いに負けているんじゃないの?」とか煽って殺伐とした空気を作ることはあります。だけどその感情がいきすぎているようだと、「実は向こうも内心ではあなたのことをリスペクトしてるみたいだよ」などと伝え、人間関係を潤滑にするように注意を払う。飴とムチじゃないけど、そのへんは本当に神経を尖らせるポイントなんですね。逆にいうと、そのケアが不十分だったのが世IV虎と惡斗の試合ということになるんです。
女子プロレスという職場における人間関係は、綱渡り的なギリギリのバランスで成り立っていることが改めてよくわかる。しかし、そこまでしてリアルな対立構造を作る必要が果たしてあるのだろうか。もっと粛々とリング上で仕事をこなすという発想もあるのではないか。実際、男子のプロレスではここまで私怨やジェラシーを試合中に出すことはない。取り返しのつかない事故が起こってからでは遅い気もするのだが……。
⇒【次回】「感情の爆発こそが女子プロレスの魅力」https://nikkan-spa.jp/874496 に続く
<取材・文/小野田 衛 撮影/丸山剛史>
【風香】
ふうか。1984年、奈良県生まれ。2004年にJDスターでデビュー。当初は連戦連敗が続いたため、「女子プロレスのハルウララ」と称される。同団体の解散後、自主興行の「風香祭」を開催するかたわら、総合格闘技やシュートボクシングにも参戦。アイドルレスラーとして絶大な人気を誇ったまま、2010年に現役を引退する。現在はスターダムGMとして若手の育成に励む一方、「踊るリングアナ」としても活躍している。
●スターダム「Galaxy Stars 2015」大会スケジュール
6月20日(土):新木場1stRING 開始6:00PM
6月28日(日):新木場1stRING 開始12:00PM
7月 4日(土):横浜ラジアントホール 開始5:00PM
7月11日(土):新木場1stRING 開始6:00PM
7月19日(日):大阪世界館 開始12:00PM
※詳細はオフィシャルホームページ
(http://wwr-stardom.com/)参照
出版社勤務を経て、フリーのライター/編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆をおこなう。芸能を中心に、貧困や社会問題などの取材も得意としている。著書に『韓流エンタメ日本侵攻戦略』(扶桑社新書)、『アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実』(竹書房)。