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江口寿史×吾妻ひでお トークショールポ「江口さんが落としてくれたおかげで漫画家は休めるようになった」

「『正直日記』は正直に書いているのは半分くらい」(江口) 「ウソを描くときはウソだとわかるように描いています」(吾妻)

「『正直日記』は正直に書いているのは半分くらい」(江口) 「ウソを描くときはウソだとわかるように描いています」(吾妻)

 漫画家の江口寿史が5年ぶりに新刊『江口寿史の正直日記』(河出文庫)を発売。自身の日記を取りまとめた同名単行本(05年刊行)を再編集して文庫化した日記エッセイだ。「5年ぶりの新刊……。新刊……。既刊本の文庫化を新刊と呼んでいいのか、はこのさい、ま、いっか!」と恐縮する江口氏だが、なかなか新作にお目にかかれない漫画家の新作描き下ろし漫画も収録されているとあって、話題を呼んでいる。  発売を記念して開催された、「日記漫画」の先輩・吾妻ひでお(『不条理日記』『失踪日記』)とのトークショー(6月13日・西武池袋本店コミュニティカレッジ)を完全リポート! 日記を描く楽しさ、苦しみ、ギャグ漫画への思い、そして酒……縦横無尽に語り尽くした。 ◆ギャグ漫画家は5年でつぶれる!? 江口:吾妻さんと初めてお会いしたのは81年。いしかわ(じゅん)さんが開いた事務所のこけら落としのパーティでしたね。ひとことごあいさつしただけなんですが、吾妻さんもいらっしゃるらしいと聞いて、それはもう行かねばと。当時連載中だった『ストップ!! ひばりくん!』の原稿をほっぽりだして行ったのを覚えています。もう30年以上前の話ですが、こうして公の場でお話しさせていただくのは、実は初めてなんですよね。 吾妻:あのときは誰も僕に話しかけてくれなくて……悲しくてすぐ帰りました。家に帰ったら奥さんに「あなたが話しかけるなっていうオーラを出しているからだ」って言われたんですけど。 江口:漫画家はみんなシャイですから(笑)。ギャグ漫画家同士シラフで集まっても、何も話さずに終わるんじゃないかな。僕が酒を飲む理由もそこにあるというか、シラフだと見ての通り好青年なもので(笑)、酒を飲むと自分が漫画のなかで描いている「先ちゃん」のキャラクターになれるのがラクなんですよ。吾妻さんは何で酒を飲むようになったんですか? 「この徹は踏むまい!」(吾妻氏の『失踪日記』『アル中病棟』では自身のアルコール依存症のエピソードが克明に綴られている)と思って、今日はそのあたりをぜひくわしく伺いたくて(笑)。 吾妻:やはり仕事のストレス……あとは江口さんと同じでシラフだと人と会話できないんです。 江口:アル中の人って飲んでても飲んでなくても楽しくなさそうじゃないですか。『失踪日記』を読むと、吾妻さんは朝から飲んだりされてましたけど、それで仕事はできたんですか? 吾妻:朝から飲むと……それはできないですよね。そのときは仕事をしていない時期でした。 江口:吾妻さんは「タバコを買いにいってくる」と言って失踪されましたが、僕は「ちょっとゴミ袋買ってくる」って言って2~3日消えたことがあります。そもそも原稿が落ちそうな状態で、片付けなんてしてる場合じゃないのにどうしても片付けたくなっちゃって。そしたら「あ、ゴミ袋がない!」って。むちゃくちゃですよね。
「江口さんは壊れずに生き延びる自己管理能力に長けている」(吾妻)

「江口さんは壊れずに生き延びる自己管理能力に長けている」(吾妻)

吾妻:手塚るみ子さん(プランニングプロデューサー。手塚治虫の長女)は「秋本治さん(『こちら葛飾区亀有公園前派出所』)みたいなシチュエーションコメディは長続きできるけど、ナンセンスギャグの漫画家は5年でツブれる」とおっしゃっていました。 江口:僕がデビューしたのが77年で、吾妻さんはすでに活躍されていましたけど、70年代後半ってギャグの競争が一番激しかった時代ですよね。で、ほかに負けないギャグを考えなきゃ!と思うし、自分のギャグにも飽きてくるし。最高のギャグを思いついた!っていう成功体験があると、ドラッグ中毒みたいなもので、あの刺激をもう1回!ってなってしまう。そこまでたどり着けないと苦しくて苦しくて……。そこで酒に逃げちゃう人もいるんでしょうけど、僕は苦しいときは「もう寝る!」っていって寝てましたね。 吾妻:でも、江口さんが落としてくれたおかげで、いまの漫画家はずいぶん休めるようになりました(笑)。 江口:あのころって、週刊連載やりながら月刊も描くとか普通でしたもんね。小林よしのりさんとかはやってたけど、僕は単純に「だってやれないもん!」「できないもん!」って。 吾妻:でもそれは、壊れないで生き延びるための自己管理能力に長けているんだと思います。 ――お互いの作品への思い、印象に残っている作品を教えて下さい。 吾妻:初めて読んだ江口さんの作品は『すすめ!! パイレーツ』(77年連載開始)です。おもしろかったので、悔しくて途中から読むのをやめました。 江口:やめたんですか(笑)。僕はチャンピオンで『ふたりと5人』(72年連載開始)を読んで以降、時系列で読んでます。それまでのギャグ漫画って、暑苦しいっていうか、説明過多っていうか、くすぐってでも笑わせるぞ~って感じだったんだけど、吾妻さんのギャグはすごくクールでしたよね。全然説明がなくて、読者を突き放しているような感じで。 吾妻:アメリカのホームドラマの影響だったんです。ボケても誰もツッコまない。 江口:ツッコミはないけど、会場の笑い声は入っているみたいな。それ以前だとみなもと太郎さんの漫画もそういうところがあったと思うんですが、みなもとさんは絵におかしみがあるじゃないですか。吾妻さんは絵もクールだから、最初は影響を受けるとか、熱心な読者とかいうよりは、こちらもちょっと距離をもって見ていました。『不条理日記』(78年)以降、さらに作品に狂気が加わってきたあたりから熱心に読むようになった気がします。 吾妻:余裕がないときはほかの漫画家の作品は読めないんだけど、少年誌の連載をやめて余裕ができたときに『ストップ!! ひばりくん!』を読みました。チャンピオンではかなり無理をして描いていたから、「いらない」と言われたときは正直ラクになりました。少年誌では内輪ウケや楽屋オチが嫌がられて、描かせてもらえなかったり。江口さんはそういうことはなかったんですか?
「『白いワニ』は吾妻さんの影響で生まれたんです」(江口)

「『白いワニ』は吾妻さんの影響で生まれたんです」(江口)

江口:僕の場合はとにかくもう遅すぎるから、編集が口出す間をあたえない(笑)。 吾妻:作者自身が出てくるのってイヤがられませんでしたか? 江口:いや、もう「なんでもいいからとにかく描いてりゃいい!」って感じで(笑)。原稿が描けないときに出てくる「白いワニ」も、実は吾妻さんの影響なんですよ。漫画のコマをヘビがよこぎっていくのがすごくおもしろくて、コマをつぶすのにすごくいいな!と思ってワニを描いたんです。ギャグの歴史って、イコール手抜きの歴史なんですよね。 ⇒【後編】「なるべくダメなヤツに描いたほうが日記はおもしろい」に続く https://nikkan-spa.jp/878910 ●江口寿史 56年、熊本県生まれ。漫画家、イラストレーター。代表作に『ストップ!! ひばりくん!』『すすめ!!パイレーツ』など。92年に「江口寿史の爆発ディナーショー」で第38回文藝春秋漫画賞受賞。最近では、広瀬アリス・すず姉妹を描いた、清涼飲料水「MATCH」のグラフィック広告が話題に。自身の日記をまとめた『江口寿史の正直日記』(河出文庫)が発売中。今秋、自身の画業の集大成である画集『KING OF POP』(玄光社)を発売予定 ●吾妻ひでお 50年、北海道生まれ。69年『まんが王』でデビューし、以降次々に不条理ギャグ、SF、美少女漫画の元祖として活躍。ブランクを経て発表した自伝的漫画『失踪日記』(イースト・プレス)で再び注目を集め、復活を遂げる。山本直樹、菊地成孔、とり・みき、町田ひらく、中川いさみが監修を務めるベストセレクションシリーズ(河出書房新社)、『失踪日記2 アル中病棟』(イースト・プレス)が好評発売中 司会進行/穴沢優子 取材・文/牧野早菜生 撮影/我妻慶一
江口寿史の正直日記

「江口さんには心底あきれました」山上たつひこ

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