一晩で32回イカされた!? 風俗嬢の優しい嘘とオジサンの悲哀

おじさんメモリアル「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは自らを饒舌に語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)などの著作で「性を商品化する」女性たちの内面を活写し注目されている文筆家の鈴木涼美が、「おじさん」をテーマに日刊SPA!で連載する「おじさんメモリアル」第7回!

【第7回 あなたはティーチャー!】

 東京なんていう雑多な都市に暮らしていると、いろいろと許せないことは多い。担当ホストに呼び出されて急いでいるときに限ってタクシー横取りされる、生理中に電車の席を詰めてもらえない、濡れた傘が頑張って営業して買ってもらった新品のヴィトンをかすめる、ブスに恋愛アドバイスされる、エトセトラエトセトラ。ただ、多くのオトナ女子たちはそういった許せないイライラを食道あたりから無理やり空気とともに飲み込んで小腸の裏側に隠す。許しているわけではない。許さないままに飲み込む。だってそれをいちいち吐き出していたら、あっという間に新宿区や豊島区は血の海になってしまうんですもの。

 夜のオネエサン方は、その飲み込む技術を煮詰めて凝縮したような存在である。お前俺のこと好きだろと言わんばかりのオジサン、お前ほんとにバカだなと言いたげなオジサン、俺って凄いんだぜと目でうったえてくるオジサンから被るあらゆるイライラを飲み込んで胃の裏に隠す。オカネという苦痛の対価とともに。そしてとびきりの笑顔や妖艶な微笑やお色気仕草で胃の引きつりをコーティングして提供する。

 だがしかし、時にそのコーティングを剥がすほどのパンチのきいたイライラオジサンも存在する。私たちはそういうパンチ力あるオジサンの首を斬ったり漁港に沈めたりはしないが、ほんのりホロホロほろ苦いやり方で復讐する。勿論、カネ返せと言われたら台無しである。ちょっと凹んで黙る、そして帰る、くらいのほろ苦い復讐は、意外とダメージが大きいらしく、だからその後に彼らと友好的な関係を保ちたいという欲望を、イライラが上回った時に出現する技である。

 この不景気の最中、ちょっとでもカネのなるオトコを手放すのはそれなりに勇気がいる。だからそのイライラをなるべくなるべくちびちびとガス抜きして、爆発による復讐を先延ばすのが通常なのだが、先日、私のかつての親友で、今でもそこそこ仲がよい、高学歴DC嬢マコが爆発したというので、人のキレた話が大好きな私は、いそいそと話を聞きに行った。ちなみにDCとはいわゆる「本番アリ」の宅配型風俗のことである。昔はホテトル嬢とか言ったんだろうし、内実は何も変わらないらしいが、どの業界にも言い回しの流行り廃りはある。

 さて、とあるDCクラブに派遣されて行った港区某所の高級マンション。マコはその建物の佇まいにそれなりに太客の予感を感じながら、インターホンを押した。中から出てきたのは、50代も半ば過ぎ、アタマもいい感じに禿げ上がった眼鏡のオジサンである。宅配嬢たちの傾向として、そこに若干の趣味が入る嬢と、完全ビジネス思考の嬢とに分かれる気がするのだが、基本的に後者のマコは、別に彼の風貌が完全に山城新伍的であっても特に気にはとめず、それよりおそらくセカンドハウスというやヤリ部屋として借りているであろうそのマンションの端々にあるカネの匂いをチェックしていた。

 小綺麗なリビングのソファに通され、いくつなの、だとか、どんな仕事しているの、だとか、簡単な会話をした後に、彼は「セックスは好きなの? 最後にしたのはいつ?」と聞いてきた。そういえば、スタッフから告げられた「設定」は、いわゆる初・初である。初・初とは業界用語で「初出勤、初のお客さん」つまり「風俗処女」を捧げますという意味で、一部の風俗好きなオジサンの中にはこの「初・初」ばかりをねらうバージンキラーが存在する。風俗歴6年のマコ様であっても、新しい店に移籍した後などはよくこの「初・初」設定で客につくことがあるのだという。さらに言えば私と同じ32歳のマコであるが、ここでの設定は23歳。数字を入れ替えただけなので、良心的な嘘である。

 で、その日の午後にすでに2人とセックスしていることは当然ふせて、「彼氏と4か月前に別れたので……あ、でも先月、一度だけその別れた人とあってしてしまいました」となんともオジサンが信じそうなアルアル設定を適当に話した。オジサン「じゃあそんなに嫌いではないんだね。イクってわかる?」、マコ「うーん、触られたりしてイクことはあります」、オジサン「おちんちんをいれられてイクことは?」、マコ「一度イクとくすぐったくなってしまって。そういう経験はないです」。

 そんな会話をしながら、オジサンは服の上からマコの乳首をすりすりと愛撫しだした。「気持ちいい?」「はい、恥ずかしいです」「イッちゃう、って言いなさい」。

 はい?マコは耳を疑った。服の上から禿げ上がったオジサンに乳首を4~5回擦られたところで「イク」で表現される絶頂、オルガズム、エクスタシーなどなど、なんでもいいけどそんな事態はほど遠い。というか遠すぎて見えない。しかし、ここは穏便にオジサンの言うとおりにしておいた方が身のためだと判断し、マコは素直に「イッちゃいます」と言って光悦の表情を浮かべた。

風俗嬢の優しい嘘「ウエットトラスト」

風俗嬢の優しい嘘「ウエットトラスト」(仕込みローション)は月間60万本も売れているらしい。つまりは一般女性も彼氏やセフレに優しい擬似濡れを提供してるのかもしれませんね。

 オジサンは満足気にさらにマコの乳首と背中を撫で擦りながら、「くすぐったいかい?」。マコはすかさず「いいえ、大丈夫です」と答える。そりゃそうだ。イッてないんだから。オジサンは着ていたバスローブを少しずらしながら「ほら、イキ方によってはちゃんと何度でもイケるようにくすぐったくないようにできるんだよ。まだまだ未開発のその身体、少しずつ女にしてあげるからね」。そう言いながらシャワーに入るよう促され、マコは若干血管を浮き上がらせながら、シャワーに一人で入り、生理中だったため海綿を濡らして子宮手前に突っ込み、その上からウエットトラストを挿入して擬似愛液で性器を満たした。

 寝室に入ると、バスローブを脱ぎ、お茶を飲み、チンコを勃たせたオジサンが脚を組んでベッドに横たわっている。マコもプロはプロであるので、恥ずかしげに、少し浮足立った様子でタオルを外して横に寝そべる。オジサンは、先ほどと同じように乳首を数回擦っては「イクって言いなさい」、クリトリスを2~3回押しては「イッちゃうって言ってからイクんだよ」、膣に指を差し込んでは「イキたいなら我慢しなくていいよ」。

 この世にオルガズム選手権があったとして、その優勝者だってこんなにイかないよというレベルで「イク」を求められ、マコは若干笑いをこらえていた。その日のプレイで「イク」をやらされた回数は32回である。オジサンは「最初は1回しかイキませんなんて言っていたのに。何回もイッて、今日だけでだいぶ身体が開発されちゃったね?」なんて言いながらコンドームを外す。さすがのマコも、こんなファンタジックなオジサンが、どれくらい本気でそんなことを言うのか図りかねていた。オジサンを前にしてなんだが、坊や一体何を教わってきたの、状態である。

 まぁでもシカシ、プレイはマコにとってはどんなに現実主義的なオトコ相手であっても多少の脚色演技を伴う、まさに「プレイ」であって、オジサンが23歳を32回イカセたと思おうが、風俗歴8年の女の身体を初な未開発と見紛おうが、それなりに流してやっていける。問題は、そのオジサンは他のすべての側面においても、そのプレイスタイルを貫き通すタイプであったことである。

 まず、その初回の帰り際、「変な男とすると身体が間違ってしまうからね。この仕事は今日、僕に出会えたんだから、今回1回きりにしなさい。その代わり、身体が満たされない分は、僕がいつでも抱いてあげるからね。交通費は多めに渡すし。まあでもあまり抱きすぎると離れられなくなっちゃうだろうから、週に一回くらいにしようか」。これで店をやめてしまうのは素人だが、店をやめられないからそういった関係は持てませんというのはプロ意識がすぎる。それなりにプロ、それなりにだらしないマコ嬢は当然、店に在籍しつつ、そのオジサンのプライベートダッチワイフとなって両方から利益を得る道を選んだ。マコには、そうやって直引きでオカネをもらっているオジサンは5人ほどいる。

 しかし、逢瀬を重ねるたび、オジサンの「俺が女にしてあげる」癖はひどくなる一方だった。「友達に、変わったねって言われたでしょ? 身体が徐々に女になってきているんだよ」「今晩の宿題は、今日のエッチを思い出して一人でしてみなさい」「うん、最初に会った時よりも随分肌ツヤがよくなってきたね。アソコも、少しずつ女っぽくなってきているよ」。

 このオジサンのファンタジーをドラマチックに補完しつつ、支えてあげるのはマコのようなオンナたちの仕事である。いかんせん、彼はしっかり2時間で8万円の対価を支払っているのだから。しかし、あまりにファンタジーが強固すぎると、現実をぶつけて壊してみたくなるものなのかもしれない。というか、単純にイライラとしてくるのだ。そこはダッチワイフではなく人間であることの限界である。

 ある日の逢瀬、相変わらず「今週はどんなお勉強をしようか」と言ってきた彼に、虫の居所が悪かったマコは「今日は生理明けなのでオルガズムは無理かと思います」と応えた。そのくらいでオジサンの強固なファンタジーは溶けない。「そう言って最初もイキにくいと言いながら何十回もイッたのは誰だっけ?」。さすがに、「全部嘘でした」というほどマコは冷酷でもお人好しでもない。「でも生理明けはイかないんです。AV男優としようが彼氏としようが」。

 オジサン、まず一回だけ風俗店に体験入店者として迷い込んだ「普通のOLさん」であるマコの口からAV男優という言葉が出てきてちょっと戸惑った。ちなみに言うが、マコは学歴こそほぼわたしと変わらないが、別に元AV女優ではない。マコいわく「ちょっとわかりやすくこらしめたくてスズミの経歴借りたよ」と、迷惑な話である。「あ、私、慶應時代にAV70本くらい出てて」。次にオジサン、「何も知らない無垢な田舎の子」であるマコの口から慶應の名が出てくることにさらに戸惑った。

 オジサン「えーと、慶應出てるの?」、マコ「そうですよー言ってなかったでしたっけ。慶應で修士までとっていて」、オジサン「随分、高学歴だね」、マコ「風俗店で働いている子って意外ときちんと大学卒業している子は多いですよ」、オジサン「風俗店に詳しいね」、マコ「業界未経験というのは本当なんですよ。DCは初めてでしたから。私の本拠地は吉原です」。ここまでくるとオジサンの強固なファンタジーは音をたてて崩れゆく。ひきつった笑顔で「いやぁ、僕なんかに教えられることはあんまりないかもなぁ」。

 マコは最後にこういってオジサンの部屋を出た。「私、セックスはあんまり好きじゃないですけど、ここのお部屋は居心地がよくて遊びに来るの楽しいです!」。

 人が売春婦といる時間に求めるものは様々である。刺激、テクニック、現実逃避、快楽、ドラマ、安心感、恋人気分、優越感エトセトラ。売春婦は何も性器の粘液を売り物にしているわけではなく、そういった男たちの求める時間をつくって提供することこそがその商売の意味するものだ。マコはオジサンの求める「何も知らない普通のOLさんを性的に育てる」という時間を売っていたが、その業務を放棄した代償として、週に8万円のそれなりにおいしい客を逃した。オカネを払って作り上げたファンタジーを壊されたオジサンは無残でちょっと同情するが、個人契約で勝手につくりあげる時間なんて、風俗嬢の気まぐれでいつでもぶち壊される可能性があるものだ。

【鈴木涼美(すずき・すずみ)】
83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。「身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論」(幻冬舎)発売中。現在は日経新聞を退社し、執筆業を中心に活動。幻冬舎plusにて「愛と子宮が混乱中 夜のオネエサンの母娘論」(http://www.gentosha.jp/articles/-/3708)を連載中

撮影/福本邦洋 イラスト/ただりえこ

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