音楽プロデューサー松尾潔が語る、LP時代から現在までの音楽の器の変化「器が中身を規定する」

 今年2015年、「AWA」「LINE MUSIC」「Apple Music」と日本でも次々に大手企業によるサブスクリプション型(定額制)音楽配信サービスが開始し、いま音楽業界は大きな転換期にあるとされている。

 今後、音楽を取り巻く環境はどのように変化し、人々はどのように音楽と接していくのか?

 1990年代から現在に至るまで、平井堅・CHEMISTRY・EXILE・東方神起・JUJUなど数多くのトップアーティストの楽曲制作に携わり、音楽プロデューサーとして日本のミュージックシーンを牽引してきた松尾潔氏に話を聞いた。

松尾潔氏

松尾潔氏

 音楽制作に携わる前は主にブラックミュージックの音楽ライターとして世界を渡り歩いていた松尾氏。今年6月には、昨年刊行した『松尾潔のメロウな日々(Rhythm & Business) 』に続く音楽エッセイ集『松尾潔のメロウな季節(Rhythm & Business) 』(ともにスペースシャワーネットワーク)を上梓している。

 今回のインタビューでは、制作者としてのみならず、音楽ライターや音楽マニアとしての視点でも語ってもらった。

◆器が中身を規定する

――松尾さんにとって、音楽ライターとして活躍され、また制作においても辣腕をふるい始めた1990年代というのは特別な時代だったと思われますが、音楽的に見て、90年代はどういう時代だったと思いますか?

松尾:僕は常々「器が中身を規定する」と考えていますが、90年代の器は言わずもがな、CDでした。

 たとえば僕が音楽ライターとして初めて原稿料を得た88年は、ボビー・ブラウンのヒットアルバム『Don’t Be Cruel』が発売された年ですけど、最初にこのアルバムを手にしたのはLP盤だったんですよね。そしてそれから数年後の90年代前半には、新作はCDで手にするのが当たり前になったんです。各家庭でもCDを聴くインフラが整って、特に日本の90年代は、ある種“CDブーム”ともいえる時代だったと思います。

――CDという器になったことにより、音楽は変化したように感じられましたか?

松尾:はい。音楽における80年代というのは、MTVエラ(時代)へ突入したことでラジオ時代から地殻変動が起きたわけですけど、器がLPからCDへと変わった90年代というのも大きな音楽の性質の変化をもたらしたと思います。

 つまり、LP以前は、いまの配信主流の状況と同じようにシングル一発勝負の世界でしたが、LPが登場すると、アーティストはA面B面を前半後半と捉えて20~30分ずつの物語を展開するアルバムを作るようになりました。そして、CDという74分もの長尺を収録できる器が開発されると、今度はそれに合わせたアルバムを作るようになったんです。

 たとえば、CDだからこそ入れやすいインタールード(短い間奏曲)を多用したジャネット・ジャクソンの『janet.』(1993年)というアルバムなんかは、CD時代の傑作ですよね。そうやって、器に音楽が規定されていくというのは、パッケージで売られる商業音楽である以上避けがたいことなんです。

――日本では現在もCDを買う人は少なくないですが、“器”はその後CDから配信(販売)へと変わり、そしていまサブスクリプションへと移り変わろうとしています。

松尾:そうですね。僕自身、驚いています。というのも、僕はiTunesのような配信販売サービスが登場したとき、音楽ビジネスのひとつの結論のように感じたんです。「こういう時代になったか。もうディスクさえ作る必要はなくなったのか」って。でも、サブスクリプションはそのことすら過去にしてしまう。

 配信でアルバムの中の好きな曲やヒット曲を1曲1曲買っていた人たちが、月に1000円さえ払えば、その行動すらせずにアルバムの全曲を聴くことができる。これは、リスナー目線でいうと、アルバムという形式が好きな人にとっては追い風かもしれませんね。いくら配信でも、アルバムを毎回全曲買うのは大変ですから。

 所有という概念は曖昧になるけど、サブスクリプションは、アルバムを聴くための器としては非常に有効かもしれません。音楽好きにとってはたまらないでしょう。

◆サブスクリプションの効力の限界

松尾:ただ、ネットビジネスの移行の早さというのも感じます。

 たとえば、パソコン通信からインターネットの電子メールに移って「これは便利だ」と思っていたら、今度はLINEのようなものが登場してメールすらも古くなる。あんなに便利で優れていたように思ったものでも、「いま思えばあれ自体過渡期だったのか」となるものですよね。

 音楽ネットビジネスも一緒で、サブスクリプションのような新しいサービスが、それまで最新だとされていた配信(販売)を古いものにするんです。これは世の常ですけどね。ただ、その入れ替わりのサイクルがあまりにも早くなっているのは確かだと思います。LPからCDへと移行した期間、CDから配信に移行した期間、そして配信からサブスクリプションへと移行しているいま。比較してみると、どんどん短くなっています。

 何が言いたいかというと、結構たくさんの人がその移行に付いていけずにふるい落とされてしまってるんです。

 世間にはまだまだ配信販売すら体験したことがない人が多くいるのは事実で、そういう人たちは「サブスクリプションって配信とかいうやつの延長でしょ?」くらいに思ってるかもしれない。確かに、LPからCDに移ったようなビジュアルの変化がないから分かりにくいかもしれないけど、延長どころではない大きな変化が起きているわけです。

 そこにいま、サブスクリプションの効力の限界を感じますね。

――CDとサブスクリプションでは、受け入れられ方に大きな違いがあるというということでしょうか。

松尾:CDの場合、まず「プレーヤーくらい持っておこうか」と思ってプレーヤーを買い、プレーヤーがあるなら好きな曲のCDでも買おう、という“購買にいたる流れ”がありました。それは現在も続く状況で、ご年配の間では、ほんとに聴きたかったらCDを買うよという購買者が依然多いわけです。

 対してサブスクリプションでは、CDでいうプレーヤーにあたるものは多くの人がすでに持っている。つまり、スマホです。でも、持っていても使わない人がたくさんいる。音楽好きにしたら信じられないけど、月に1000円で聴き放題を高いと感じる人もいる。

 LPからCDになったときは、わかりやすく「便利になった」という認識が広くありました。コンパクトになったし、プレーヤーのメンテナンスも非常に楽になった。配信やサブスクリプションも、音楽をすごく身近な娯楽にしているし、さらに便利さや楽さを提供しているといえるでしょう。でも、短いサイクルで変化しているから、そこに気づけない人も多い。

 音楽の聴き方が進化し変わっていくのに合わせることを「面倒くさいや」と思っている人が、実際に少なからず存在している。音楽の発信者たちはそのことも忘れてはいけないと思いますね。

※イベント情報
2015年9月4日(金)20:00~22:00(19:30開場)下北沢の<本屋B&B>にて『松尾潔のメロウな季節』刊行記念イベントを開催。詳細およびチケットのご予約はこちらから。http://bookandbeer.com/event/20150904_kc/
<取材・文/宇佐美連三>

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