音楽プロデューサー松尾潔が考える、定額制音楽配信サービスの弊害「楽曲が本籍地を失う」

「AWA」「LINE MUSIC」「Apple Music」と次々に大手企業によるサブスクリプション型(定額制)音楽配信サービスが開始し、大きな転換期を迎えているとされる2015年現在の音楽業界。

 はたして“サブスクリプション”の登場は、リスナー、そしてアーティストや楽曲にどのような影響をもたらすのだろうか?

 平井堅・CHEMISTRY・EXILE・東方神起・JUJUなど数多くのトップアーティストの楽曲制作に携わり、音楽プロデューサーとして日本のミュージックシーンを牽引してきた松尾潔氏にその展望を語ってもらった。

松尾潔

松尾潔氏

 音楽制作に携わる前は主にブラックミュージックの音楽ライターとして世界を渡り歩いていた松尾氏。

 今年6月には、昨年刊行した『松尾潔のメロウな日々(Rhythm & Business) 』に続く音楽エッセイ集『松尾潔のメロウな季節(Rhythm & Business) 』(ともにスペースシャワーネットワーク)を上梓している。

 今回のインタビューでは、制作者としてのみならず、音楽ライターや音楽マニアとしての視点でも語ってもらった。

◆楽曲の“本籍地”がわからなくなる

――月に1000円程度払えば何千万という楽曲が聴き放題になる時代が到来しました。各サービスでは多くの「プレイリスト」が作られ、ユーザーはオムニバス形式で様々な楽曲を楽しんでいるようですが、松尾さんはそのような音楽の聴き方をどう見ますか?

松尾:「プレイリストを作る」っていう概念は特別新しいものではなく、それは昔からみんな個人でやっていたことですよね。それに、90年代には“コンピレーション”のブームがありました。

 代表的なところでいえば、日本固有のコンピレーション文化として登場した『Free Soul』シリーズですね。橋本徹さんという方が発信者だったのですが、橋本さんの御眼鏡に適ったソウルの名曲たちが何曲もコンピレーションという形でCD化され、それがすごく売れたわけです。

――あのシリーズに“教育された”という音楽好きはすごく多いと思います。

松尾:そうですよね。『Free Soul』シリーズのおかげで、当時簡単には買えなかったレア盤をコスパ良くCDとして手に入れられるという例もたくさんあったわけで、“コンパイラー”としての橋本さんの仕事が多くの人に素晴らしい影響を与えたのは間違いないでしょう。

 最近では、プレイリストを作る人を「キュレーター」なんて言うことがありますけど、90年代から20年ほど経って、コンパイラーが言葉を変えて出てきている、そしてその役目が一般層にまで広がっている。そんな印象ですね。

 ただ僕自身の考えを率直に言うなら、プレイリストが氾濫することは、楽曲の“本籍地”をわからなくさせる危険性を孕んでいるように思います。

◆最初に聴く場所は大きい

――楽曲の“本籍地”というのは、一体どういうことですか?

松尾:たとえば、1986年にジェームス・ブラウン(以下、JB)の『In The Jungle Groove』というアルバムが発売されたんです。これはイギリスのクリフ・ホワイトというJBマニアが編集したコンピレーションアルバムで、このアルバムが世界中の音楽ファンに与えた影響っていうのは非常に大きかったんですよね。時代的にCDでも入手しやすかったということもあり、これで初めてJBを聴いたっていう人は多くて。

 日本の有名なJBフリークである山下達郎さんのような方がたが大変な思いをされて収集してきたドーナツ盤(シングルレコード盤)の楽曲たちが、このアルバムにはドーナツ盤特有のモコモコした音ではなく、リマスタリングされてパキッとした音質で入っているわけです。

 そうなると、このアルバムでJBに初めて触れて衝撃を受けた人たちにとっては、JBの名曲たちの“本籍地”は、オリジナルのシングルやアルバムではなくこの『In The Jungle Groove』になってしまいます。最初にどこで聴いたかというのは、意外に大きな意味を持つものなんです。

――つまりサブスクリプションでは、最初に曲が収録されたアーティストのアルバムではなく、誰かが作ったプレイリストがリスナーにとって楽曲の本籍地になる可能性があるということですか?

 そういうことです。プレイリストっていうのは楽曲の本籍地ではなく、とりあえずの住民票提出先だったり、あるいは旅行先だったりするわけですけど、そこで最初に出会ってしまうと、余程興味をもたない限り、故郷や本籍地までは知ろうとしないんですよね。

 僕は音楽のマニアで、音楽の歴史を遡るのも好きなので、コンピレーションアルバムで出会ったお気に入りの曲が初出時にはどんな形で世に出たのか、どんなアルバムに収録されていたのかまでを必ず調べる癖があります。でもマニア以外はそういうルーツ探しはしないでしょう? となると、「あのプレイリストに入ってる曲」という認識が多数派になってしまう可能性も大いにあります。

◆音楽的なアイデンティティを示しにくくなる

――そのような聴き方や認識の仕方が定着した場合、音楽制作にはどのような影響があると思いますか?

松尾:プレイリストは、その括り方も様々です。すると、発信者としての音楽家が、自分がどういう音楽の出自なのかを示すのが大変難しくなると思います。

 たとえば、ハードなイメージで知られるロックバンドが普段のサウンドを排してフォークギター1本でゆっくりとした曲を作ってみるということは頻繁にあることで、アルバム曲まで見れば、そういう曲はたくさんあります。

 そういう1曲が人気を集め、たとえば「チルアウト」のプレイリストや「ラブバラード集」のプレイリストに入り、そこで最初にその曲を聴く人が大勢いた場合、普段は爆音でロックをやっていたとしても、そのバンドのイメージはそれとはかけ離れたものになりますよね。「あの曲気に入ってそのバンドのアルバム聴いてみたら、全然違った」というような。

 そういう現象が増えることは、アーティストの音楽的なアイデンティティに大いに揺さぶりを与えるでしょう。

 ただ、いまの「プレイリスト」というもののあり方自体は、CDが登場したことでリモコンひとつで曲を飛ばせるようになり、配信の定着によって曲を単体で買えるようになり、そうやって音楽の“器”がどんどん変わっていくなかで生まれた現代的なお題の提示の仕方であり、避けられないことです。

 もはや後戻りはできないので、制作者としては、いまの“器”に合った表現の仕方と文脈の作り方をより真剣に考えるしかないでしょうね。

※イベント情報
2015年9月4日(金)20:00~22:00(19:30開場)下北沢の<本屋B&B>にて『松尾潔のメロウな季節』刊行記念イベントを開催。詳細およびチケットのご予約はこちらから。http://bookandbeer.com/event/20150904_kc/

<取材・文/宇佐美連三>

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