虚実入り交じえつつジャイアント馬場の若き日を描くプロレス劇画の名作とは?

 ジャイアント馬場の全盛期――アメリカ武者修行時代からインターナショナル・ヘビー級王座獲得まで――を描いた『ジャイアント台風』(原作・高森朝雄/画・辻なおき)という漫画をリアルタイムで読んだことがあるという人たちはおそらく昭和40年代に少年だった、いま40代後半から50代以上のリアル・オールドファンだろう。

ジャイアント台風

ジャイアント馬場の全盛期――アメリカ武者修行時代からインターナショナル王座獲得まで――を描いた実録劇画『ジャイアント台風』。オリジナル版のコミック本・全11巻(少年画報社)はコレクターズ・アイテムとして知られている。近年はサイズの大きな愛蔵版、文庫版サイズの復刻バージョンも出版されている。

 この作品が漫画週刊誌『少年キング』(少年画報社)に連載されたのは1968年(昭和43年)5月から1971年(昭和46年)5月までの3年間。いまから45年以上もまえに発表された“実録劇画”である。

 原作者の高森朝雄は、昭和の漫画文化の代表作といわれる『巨人の星』と『あしたのジョー』の生みの親として知られる梶原一騎の本名だ。『少年キング』での『ジャイアント台風』の連載と『週刊少年マガジン』(講談社)での『巨人の星』『あしたのジョー』の連載はほとんど同時期にスタートしているから、梶原さんはこれらの“長編大作”のストーリーを同時進行で書いていたことになる。

 辻なおきはもともとは『0戦太郎』『0戦はやと』といった“戦記もの”を得意としていた漫画家だったが、その代表作は、原作を追いかける形で1969年(昭和44年)にテレビのアニメーション版がプロデュースされ、大ブームを巻き起こした『タイガーマスク』(原作・梶原一騎)だろう。

 劇画版の『タイガーマスク』が月刊『ぼくら』(講談社)、隔週誌『ぼくらマガジン』(同)、『週刊少年マガジン』(同)に連載されたのは1968年1月から1971年10月までだから、辻さんも梶原さんと同様、『ジャイアント台風』と『タイガーマスク』のふたつの作品をパラレルで描きつづけた。

 馬場さんを主人公とした『ジャイアント台風』はノンフィクションで、『タイガーマスク』にも実在のプロレスラーやプロレス団体(日本プロレス協会)は登場するが、ストーリーそのものは『ジャイアント台風』よりやや子ども向けのフィクションだった。

『ジャイアント台風』に描かれてる馬場さんは、どことなくたよりないところを残す20代の青年で、『タイガーマスク』に登場する“昭和40年代”の馬場さんは、すでに日本プロレス界の大黒柱で、なんでもわかっている大人物だった。

 アメリカ武者修行時代の馬場さんのリングネームはババ・ザ・ジャイアント、またはショーヘイ・ジャイアント・ババ。力道山の日本プロレスでデビュー後、1961年(昭和36年)7月にアメリカ武者修行の旅に出発し――途中、1963年(昭和38年)の『第5回ワールド大リーグ戦』のため一時帰国――1964年(昭和39年)4月に凱旋帰国するまで通算2年7カ月間、23歳から26歳までの“青春の1ページ”をアメリカで過ごした。

 馬場さんの遺産である全日本プロレスのスローガンは“王道”だが、若かりし日の馬場さんはまさにアメリカのレスリング・ビジネスの“王道”を歩んだ。つねにプロレス文化の最先端の場所でありつつけるニューヨークでメインイベンターとして活躍し、バディ・ロジャース、アントニオ・ロッカらスーパースターたちと対戦。売り出し中だったブルーノ・サンマルチノにマディソン・スクウェア・ガーデンでの初黒星をつけた(1961年11月13日)。

 アメリカのパンフレットには“身長7フィート3インチ”(約220センチ)というやや誇張したサイズが記載されていたが、これは馬場さんのマネージメントを担当していたグレート東郷のアイディアだった。若かりし日の馬場さんは、ホームシックになると坂本九の“上を向いて歩こう”“見上げてごらん夜の星”を口ずさみながらマンハッタンの大通りをてくてくと散歩したのだという。

 着物に兵児(へこ)帯、素足に下駄ばきという純日本式のコスチュームでリングに上がっていたため、ニューヨークではベアフットで試合をすることが多かった。

 ババ・ザ・ジャイントは、アメリカのどこへ行ってもつねに1万人クラスの観客を動員できるスーパースターで、プロモーターにとってはビッグマネー=興行収益をはじき出す超大物だった。

 全米のプロモーターからひっぱりダコの売れっ子になった馬場さんは、帰国直前の1964年2月、わずか3週間のあいだにNWA世界王者ルー・テーズ(デトロイトとシンシナティで2試合)、WWWF世界王者サンマルチノ(ニューヨーク=マディソン・スクウェア・ガーデン)、WWA世界王者フレッド・ブラッシー(ロサンゼルスで2試合)と当時のメジャー3団体の世界チャンピオンに連続挑戦した。

 グレート東郷とフレッド・アトキンスは、馬場さんにアメリカに永住して「ミリオネアーになること」を勧めたが、馬場さんは日本での活動を希望した。アメリカにおける馬場さんの最大の功績は、“戦争プロパガンダ”によってゆがめられた日本人レスラー、日系人レスラー、そして、広い意味でのジャパニーズ・ピープルのイメージを大きく変えたことだった。

『ジャイアント台風』には馬場さんのアメリカ武者修行時代の数かずのエピソードが、フィクションとノンフクションをからみ合いながら、ていねいにつづられている。“帝王”アントニオ・ロッカ、“野性児”バディ・ロジャース、“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノらが実名で登場するニューヨーク編にはWWWF-WWEがまだ存在しなかった時代のニューヨーク・マットの様子が描かれていてひじょうに興味ぶかい。

 ビンス・マクマホンの父ビンス・マクマホン・シニアがニューヨークをサーキット中の馬場さんのボスとして何度か登場するが、作品のなかでは“プロモーターのマクマホン氏”は太い葉巻きを口にくわえ、黒ぶちのメガネにツルツルのハゲ頭という興行師のステレオタイプ的なビジュアルで描かれている。おそらく、当時は資料として使えるビンセント・ジェームス・マクマホンのちょうどいい顔写真がなかったのだろう。

 “人間発電所”ブルーノ・サンマルチノ、“殺人鬼”キラー・コワルスキー、“人間摩天楼”スカイ・ハイ・リー、“黒い魔神”ボボ・ブラジル、“魔術師”エドワード・カーペンティア、プロレスラーからハリウッド俳優に転向したハードボイルド・ハガティ(正体不明のマスクマン、ミスターMの正体)、“猿人”ブル・カーリー、“お化けかぼちゃ”ヘイスタック・カルホーンといった60年代のスーパースターたちが馬場さんのライバル、友人として劇画のなかを動きまわる。

 “鉄の爪”フリッツ・フォン・エリックの必殺技アイアンクローに耐えられるように“顔面”を鍛えるため、テキサスの大地に穴を掘ってそのなかに仰向けに寝そべり、上から土をかけ、さらにその上から――この特訓に付き合ってくれた日系レスラーのデューク・ケオムカが運転する――ピックアップトラックで顔面をひかせるといった荒唐無稽なシーンを、当時の少年ファンはそれほど荒唐無稽とは感じなかった。

 馬場さんが“魔豹”ペドロ・モラレスといっしょに山ごもり特訓をして、同世代のモラレスからドロップキック(つまり32文ロケット砲)を伝授されるというエピソードに少年ファンは心を躍らせ、馬場さんとモラレスの男の友情に感動した。ふたりだけのキャンプファイヤーのシーンでは、馬場さんがポロンとギターを弾いたりする。

 コミック本『ジャイアント台風』全11巻(少年画報社)は1971年に出版され、その初版本はコレターズ・アイテムとして現在でも50代以上のオールド・ファン、梶原マニア、コミック本収集マニアのあいだでひっそりと流通している。

 馬場さんがこの世を去った1999年(平成11年)にこのコミック版よりもひとまわり大きいサイズの愛蔵版『ジャイアント台風』全3巻(朝日ソノラマ)が出版されたが、この復刻バージョンがミレニアムの市場に出てからすでに15年以上が経過している。近年、文庫版も出版された。

 馬場さんの全盛期の試合をリアルタイムで目撃していない、いま10代から20代のプロレスファンは、昭和40年代のプロレス劇画の名作『ジャイアント台風』の存在すら知らないだろう。

 大長編劇画のそれぞれのエピソードのなかで、若かりしころの馬場さんは、羽織りはかまに下駄ばきのトラディショナル・ジャパニーズ・ファッションでニューヨークの街をねり歩き、オープンカーでテキサスのフリーウェイを突っ走り、笑ったり、困ったような顔をしたり、怒ったり、泣いたりした。

 主人公の“ジャイント馬場”は、プロレスがいまよりももっと少年ファンの心をドキドキ、ハラハラ、ワクワクさせた時代のヒーローだった。

斎藤文彦

斎藤文彦

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※「フミ斎藤のプロレス講座」第57回

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