1962年、日本中を震撼させた“プロレスでショック死”事件

1962年、日本中を震撼させた“プロレスでショック死”事件

東京とロサンゼルスの舞台にタイトルマッチの“二都物語”を演じていた力道山とフレッド・ブラッシー(1962年=昭和37年)。写真は同年7月25日、ロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムでWWA世界王座をかけて両者が対戦したときの会場売り用パンフレットの表紙。“世紀の一戦”だった。

 日本のプロレス史、というよりも日本のテレビの歴史に残るひじょうにショッキングな事件である。「プロレスでショック死? 老人二人、テレビを見て」という見出しの記事が朝日新聞の夕刊7面・社会面に掲載されたのは1962(昭和37年)4月28日のことだ。“プロレスの父”力道山が突然この世を去る1年8カ月まえに起きた事件だ。

 新聞記事には、同4月27日、テレビのプロレス中継を観ていた京都の76歳の女性と愛知の63歳の男性のふたりが「心臓マヒを起こして死んだ」とある。

 京都の女性はテレビの画面をみていて突然倒れ、まもなく急性心不全で亡くなった。「心臓ぜんそくの持病があったのでショック死といえるかどうかわからない。私がかけつけたとき、意識は失っていたが脈はしっかりしていた。ぜんそくの発作をしずめる注射をしておさまったが、一時間ほどたって死んだ」という医師のコメントが掲載されている。

 愛知の63歳の男性も27日、夜8時から1時間、テレビでプロレスを観ているうちに倒れ、近所に住む医師の往診を受けたが、同夜、亡くなった。男性の親族は「血圧が高かったが、プロレスやプロボクシングが好きで、この夜も家族といっしょにみていたが、むごたらしさにショックを受けたようだ」と話し、男性を診察した医師は「死因は脳出血だが、プロレスの強い刺激がショックを与えたようだ」とコメントしている。

 “ショック死”したとされるふたりの老人が観ていたテレビ番組は“金曜夜8時”のプロレス中継『三菱ダイヤモンド・アワー』(日本テレビ)で、問題の試合は同夜、生中継された力道山&豊登&グレート東郷対ルー・テーズ&フレッド・ブラッシー&マイク・シャープの6人タッグマッチだった(1962年4月27日=神戸市西灘王子体育館大会)。

 神戸の試合は、同年4月20日の東京・渋谷リキ・スポーツパレス大会から5月25日の最終戦・東京体育館大会まで全33戦の日程で開催中だった『第4回ワールド大リーグ戦』のシリーズ2週めのTVマッチ。このシリーズにはテーズ、ブラッシー以下、ディック・ハットン、バディ・オースチンといった超一流の外国人10選手が参加していた。

 “金曜夜8時”は当時、プロレス中継と『ディズニーランド未来の国』の2番組の隔週放映シフトの時代。1960年(昭和35年)からはじまったニールセンのテレビ番組視聴率調査によれば、プロレス中継は毎週平均52パーセント(関東エリア)の高視聴率をはじき出していたとされる。

 “ショック死”事件の前週、特番ワクで放映された力道山対ブラッシーのWWA世界選手権試合(4月23日=東京体育館大会)は60パーセント、4月27日の神戸大会は70パーセントの平均視聴率(ニールセン)をそれぞれ記録したというが、1962年12月3日から調査が開始されたビデオリサーチ社の「全局高世帯視聴率番組50」の公式データにはこの2番組の数字は残されていない。

 神戸大会の生中継が“ショック死”事件を引き起こしたとする新聞報道を受け、その後、前週の力道山対ブラッシーの試合をテレビで観ていた老人も全国で6人、同様に“ショック死”していたことが発覚した。ただし、この数字に関しては“6人”“7人”“11人”と諸説があり、プロレス観戦を原因とする“ショック死”事件そのものが一種の都市伝説だったとする分析もある。

 問題の神戸の6人タッグマッチは、『ワールド大リーグ戦』の公式戦星取表とは直接関係のないハウスショー(TVマッチではあるが)のメインイベントだった。力道山とブラッシーは日本とロサンゼルスを舞台にWWA世界王座をめぐる長編ドラマを展開中のライバル同士で、“鉄人”テーズはいうまでもなく別格の存在。アメリカでは典型的なヒールとしてその悪名をとどろかせていた日系アメリカ人のグレート東郷は、“祖国”日本のリングでは力道山の盟友としてベビーフェース的な立場を演じていた。

 アメリカン・スタイルの大乱闘シーンといってしまえば、そういうことになるのだろう。日本組がベビーフェースで、外国人組がヒールというひじょうにシンプルでわかりやすい図式のなかで、シリーズ興行の主役だったブラッシーがトレードマークの噛みつき攻撃で東郷を血だるまにした。“大流血シーン”はじつは東郷の十八番だった。

 テレビでプロレス中継を観ていたふたりの老人――あるいは“6人”“7人”“11人”――を“ショック死”させたとされるむごたらしい光景とは、どうやら東郷が額から大量の血を流しながらブラッシーの反則攻撃に耐えつづけるシーンだった。

 東郷は顔から首、胸のあたりまで上半身全体を鮮血に染め、ある場面ではひん死の様相でキャンバスをのたうちまわり、またある場面ではニヤニヤと不気味な笑いを浮かべつつ、下からのカチ上げ式の頭突きをブラッシーに見舞っていった。こういうシーンが何度も何度もくり返されたのだという。

 大流血シーンといっても、この時代のテレビの映像はもちろん現在のようなHD画質ではないが、ブラウン管に映し出される真っ赤な鮮血はひじょうにショッキングだった。

 プロレス中継はこの年の4月、従来のモノクロ放送から“最新技術”のカラー放送に切り替えられたばかりだった。つまり、事件は――ショック死したとされる老人がカラー放送でこの番組を観ていたかどうかはさだかではないが――カラー放映導入直後に起こったものだった。

「プロレスでショック死? 老人二人、テレビを見て」というタイトルがつけられた朝日新聞の夕刊(昭和37年4月28日付)には、事件のあらましを伝える記事とともに日本アマチュアレスリング協会理事(当時)の南一清氏、日本テレビ編成局次長(当時)の福井三郎氏、ボクシング評論家の平沢雪村氏の3氏のコメントが有識者の見解として掲載されていた。

「現在のプロレスはショーとしてもスポーツとしても行きすぎだ。見る人に不快な思いをさせてまで血を流したりして試合を続けることは、社会常識からいっても不合理だ。ましてスポーツ的な型をもったショーなのだから、もう少し考えて試合を選ぶべきだ。ことにアマレスまで、ああいうものだと一般に考えられるのは遺憾なことだ」(南氏=原文のまま)

「昨夜はボクシングの試合場に行っていてそのプロレスは見なかった。しかし日本人のプロレスの見方が、一般に勝負にこだわりすぎて、演出されたショーを楽しむということを知らない。ことに日本人が外国人と試合すると、見る側で妙な大和魂のようなものを感じて興奮し、勝負にこだわってしまうようだ。大きな体を駆使してぶつかり合う見事なショーなのだと割切って見物すべきだと思う」(平沢氏=原文のまま)

 南氏、平沢氏、両氏の談話にはそれぞれ“流血など行きすぎ”“勝負にこだわり過ぎる”というコメント内容のいちばんコアな部分が小見出しとしてつけられていた。

 3人の有識者による談話のなかで、プロレスを一般大衆=テレビ視聴者に提供する側からの見解は、プロレス中継を放送する日本テレビの編成局次長からのコメントだけだった。

「テレビ番組のショックで死んだという話ははじめてだ。プロレス放送のやり方については、かねがね局としても十分気を配っており、あまりむごたらしい場面は大写しにしないようにつとめている。しかし、なんといってもプロレス放送の視聴率は高い。東京で五〇-六〇%、地方にいくほど高くなり八〇%を越す地区もある。こんなに人気のある番組はほかにない。なくなった人は血圧の高い老人のようだが、こうした人気番組では、特殊な病人のことまでは実際問題として配慮しきれない面もある。だからそういう人はなるべくみないように、また近親の人もみせないように気をつけてもらうほかないのではないか」(福井氏=原文のまま)

 このコメントには“病人まで配慮し切れぬ”なる小見出しがついていたが、このあたりは、いまから半世紀まえと21世紀のマスメディアの人権意識のちがいということになるのかもしれない。番組内容と“ショック死”の因果関係がこの時点では証明されていなかったとしても、人命よりも視聴率のほうが重要とするテレビ局のスタンスには、現在だったら各方面からの非難が集中するのではないだろうか。

 民放テレビ各局の報道番組、ワイドショー、バラエティー番組、朝日新聞以外の新聞メディア、一般週刊誌をはじめとする活字メディアも二次的な議論としてこの問題をこぞって取り上げるはずだし、“バッシング派”と“擁護派”がそれぞれ対立する意見をぶつけ合うネット空間は瞬時に炎上するだろう。

 この事件のあと、民放連はプロレス中継(とスポーツ中継)のあり方を審議し、当事者の日本テレビは同番組のカラー放送を中止し、モノクロに変更した。

 前出の南氏、平沢氏の「スポーツ的な型をもったショー」「ショーなのだと割り切って見物すべき」というコメントは、いわゆる“門外漢”のプロレスに対する共通の感覚であり、それは当時も現代もあまり変わっていない。

 50年以上もまえに起きた“ショック死”事件がいまなおわれわれに突きつけているのは、力道山&木村政彦対シャープ兄弟の歴史的一戦と、その力道山対木村の“昭和巌流島の決闘”から本格的にスタートしたこの国のプロレスが――プロレスラーと観客のライブのコミュニケーションであるよりまえに――、つねにメディアを媒介として社会に流布される“情報コンテンツ”だという現実なのである。

斎藤文彦

斎藤文彦

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※「フミ斎藤のプロレス講座」第58回

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