『タイガーマスク』が残していった“ふたつの結末”

梶原一騎原作『タイガーマスク』

梶原一騎原作『タイガーマスク』のコミック本シリーズ(オリジナル版)、第14巻の表紙。原作とTVアニメ版は、ストーリーも登場人物もエピソードの設定もかなり異なるが、いちばん大きなちがいは作画そのもののちがいかもしれない。原作(辻なおき・画)の写実的なタッチがなつかしい。物語が進行していくなかでタイガーマスクのマスク、タイツのデザインが微妙に変わっていった。

 タイガーマスクの正体――実在する初代タイガーマスクの正体はもちろん佐山サトル――が伊達直人だということは、ある世代(とその上の世代)の日本人にとっては常識かもしれない。タイガーマスクというプロレスラーはもちろん架空の人物で、マスクをかぶって素性を隠しているその架空の人物の中身であるところのもうひとりの架空の人物が伊達直人である。

 1960代の終わりから70年代前半にかけて大ブームを起こした“スポーツ根性モノ”のカテゴリーとしては『巨人の星』と『あしたのジョー』があまりにも有名だが、『巨人の星』は星飛雄馬、『あしたのジョー』は矢吹丈という人格形成途上――と思われる――の、傷つきやすいアスリートがそれぞれ主人公であったのに対し、『タイガーマスク』はタイガーマスクと伊達直人というふたつのアイデンティティーを巧みに使い分ける、ある意味、ひじょうにスマートな20代(?)の青年が主人公だった。

 3作品とも梶原一騎原作の長編劇画で、いずれも『少年マガジン』(講談社)に連載された原作と並行してテレビでアニメーション版が製作された。『巨人の星』と『あしたのジョー』のアニメ版の内容は原作に忠実だったが、アニメ版の『タイガーマスク』には原作とは異なるストーリー、原作にはなかったエピソードが随所に散りばめられていた。

 原作の『タイガーマスク』は1968年(昭和43年)1月から1971年(昭和46年)9月まで月刊誌『ぼくら』、隔週誌『ぼくらマガジン』、週刊『少年マガジン』(講談社)に連載され、東映動画制作のアニメ版『タイガーマスク』は1969年(昭和44年)10月から71年9月まで日本テレビ系で放映され、全105話が制作された。

 原作とアニメ版は、ふたとおりのまったく異なる結末を読者(視聴者)に突きつけていた。原作では伊達直人が伊達直人の姿で交通事故で死んでしまうが、アニメ版の最終回では、試合中にマスクを破かれ素顔にされてしまったタイガーマスクが“黄色い悪魔”の本性をむき出しにして闘いつづけ、対戦相手を傷つけてしまう。そして、すべてが終わったあと、羽田空港から飛行機に乗っていずこへと去っていく。

 原作ではタイガーマスクの最後の対戦相手はNWA世界ヘビー級王者ドリー・ファンクJrで、アニメでは“虎の穴”の首領、タイガー・ザ・グレートとの闘いがクライマックスになっていた。原作には伊達直人の友人やよき理解者などはほとんど登場しないけれど、アニメ版では大門大吾(ミスター不動)、ケン高岡(イエローデビル)という“虎の穴”の先輩、後輩がいつもタイガーマスクを温かく見守っていた。

 原作とアニメ版の決定的なちがいは、伊達直人と伊達直人が愛した(と思われる)女性との関係だった。アニメ版ではタイガーマスクが“ちびっこハウス”の若月ルリコ先生のまえでみずからマスクを脱ぎ、その正体が幼なじみの直人であることを明かしているが、原作にはそういうシーンはない。

 アニメ版は直人とルリコ先生の結ばれることのない愛の形を描き、原作はふたりのプラトニックな愛を示唆しながらも、最後の最後までこのふたりを接触させなかった。

 アニメ版は、愛する人あるいは愛する人たち(健太くんをはじめとする“ちびっこハウス”の子どもたち)に“生きるお手本”を示すことができなかったタイガーマスク=伊達直人が、結論らしきものを目撃者――視聴者を含め――にゆだねる形で、永遠にみんなのまえから去っていくヒーローの物語だった。

 原作は、交通事故による伊達直人の突然の死というきわめて不条理なシチェーションであっけなくタイガーマスクの生をも消してしまった。死の直前、伊達直人は薄れゆく意識のなかでスーツのポケットのなかに入れてあった虎のマスクを川に投げ捨て、伊達直人とタイガーマスクを結びつけるであろう物的証拠を隠滅した。

 劇画のタイガーマスクは、ザ・コンビクト、ディック・ザ・ブルーザー、キラー・コワルスキーら実在のレスラーたちと対戦し、アニメのタイガーマスクは、タイガー・ザ・グレート(ミラクル3からさらに変身)、キング・タイガー、ビッグ・タイガーといったオリジナル・キャラクターのライバルたちと死闘を演じた。

 原作はタイガーマスクとドリーのタイトルマッチを最後のエピソードに設定し、NWAという(当時の)プロレス界の権威=価値観をひっぱり出してきて、しかも“反則勝ち”といった政治的なからくりによってチャンピオンになれないという――ハッピーエンドでも悲劇的でもない――きわめて世俗的な挫折を描いた時点で、少年向けの冒険ドラマとしてのストーリーは破たんした。

 アニメ版は、原作が描ききれなかったいくつかの大切なテーマをぼくたちに提示している。物語の舞台はいまから40数年まえの日本だけれど、ヒーローと子どもたちの関係はいまも昔もそれほど変わらないし、プロレス(プロレスラー)とプロレスを観る者の関係も変わらない。

 プロレスには愛があって、プロレスのそばにいる人たちはみんな、その愛を自由に最大限にシェアできる。そして、いつの時代だって愛する人にはちゃんと「愛してます」と伝えたほうがいいのである。

斎藤文彦

斎藤文彦

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※「フミ斎藤のプロレス講座」第59回

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