めちゃモテOLは永遠に生理中――鈴木涼美の『おじさんメモリアル』

『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは自らを饒舌に語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)などの著作で「性を商品化する」女性たちの内面を活写し注目されている文筆家の鈴木涼美が「おじさん」をテーマに綴るエッセイ連載第8回。今回は著者が新聞記者時代のお話。

鈴木涼美の『おじさんメモリアル』【第8回 華のOL、さて誰と寝る? 前編・社内評価はベッドの上で】

 私にも会社員時代というものがあって、ええそれまで大学だとかキャバクラだとか大学院だとかAV業界だとか、わりかし社会の周縁のふわぁっとしたものの中にいたオンナとしては、入社式なんてほんとに、「あ、これで私も鉄の檻の中に勇んで入っていくのね」と、CLASSYと社章をFURLAのシンプルなバッグに詰め込んで足取り極めて重く、押切もえとかエビちゃんとかが着てみせる、モテOLの一週間着回し技なんていう画像がアタマの中をぐるぐると呪文のような社歌に合わせて廻っているのを遮りながら、なんとか意識を保っていた。スーツを着た白髪混じりオジサンは全員同じ顔に見えるし、パンツスーツにマノロ靴のキャリア婆は10年後の自分を絶望的に見せてくるし、とにかくテンションだだ下がりの拷問だった。

 と、かなりナイーブな文学少女を気取ってみたところで実は私は結構脳天気なリア充体質なので、入社式の眠気と戦った後は、それなりに面倒くさがりながら、素敵OLライフをスタートさせた。それまでMプルミエだとかセオリーだとかって場所で服を買おうにも着ていく場所が思いつかなかったし、そもそも私とってもスーツ姿の男が好きなので、会社のビルの中は結構居心地がよく、人を感動させたり唸らせたりするものでなくてもいいから、とにかく期限内に注文に合わせたクオリティのものを仕上げる、という会社員の黄金則も身体にあっているようだった。

モテOLの一週間着回し技なんていう画像がアタマの中をぐるぐる

2006年5月号の「Camcan」。表紙には「めちゃモテ」の文字が躍る。ひとりに深く愛されることでなく、多くの人にちょっとずつ愛されることを目指す「めちゃモテ」OLの末路が、結果的には経験人数と合コン回数だけは重ねた独身30代になるとはこのころ誰も予測していなかった

 で、1か月たち2か月たち、会社員という私にとってある種のおニューのブランド品みたいなものを満喫した後、この疑問が浮かんでくるのである。さて、だれと寝ようかしら、と。

 私は恋愛体質なので、基本的にセックスする相手も壁ドンで胸きゅんする相手も同棲相手も迷いなくひとりでいい。ただ、いまだ20代なかばだった私に別に貞操観念も常識もモラルもなかったので、何か利益があるなら別にS着セックス(コンドームありってことね)1回くらいそんなに惜しくないような気がしていた。一回寝たら毎日ピンク色のシュワシュワ飲料1本開けに銀座にかよってくれるだとか。ダイレクトに100万円くれるだとか。生徒会の選挙で500票くれるとか。司法試験の答えを教えてくれるとか。そもそも資本主義的目的遂行のために、全国的な規模で、裸や、裸より恥ずかしいメイド服コスプレや、あられもない非現実的な格好の自慰行為などを披露していた私である。そこにいまさらの出し惜しみ精神はない。

 会社員というのはなかなか手足の自由がきかないもので、私は当時同棲していた彼氏の「今日は休みだから飯つくって」とかいう私の大好きな亭主関白発言をことごとく無視せざるを得ない日が続き、向こうは向こうで「右と言われりゃ右向いて、というような顔して近づいてきたクセに、右向くどころか首が可動式じゃなくなりやがって」という不満をため、私は私で「暇な大学院生だった時にはいろいろミッションをくれる男は楽しかったけど、拘束時間も増えて、昼間は昼間で何か大きな権力に動かされているのに、帰ってきてまで小さな権力に動かされたくない」という不満をため、結構頻繁にドアをダブルロックされて部屋に入れず、大手新聞記者、マンガ喫茶で夜明かしの悲惨な生活!と下世話な雑誌に書かれそうな状態に陥っていたこともあり、私の下半身に関するなけなしの良識は極めて低下していた。

 さて、会社員を大きく2つに分けると、社外評価重視型と社内評価重視型とプライベート重視で会社とかわりとどうでもいい派となります。あ、3つになっちゃった。ま、プライベート重視派はどうでもいいとして、社外評価重視型というのは上司に逆らってでも己の正義を信じるとか、先輩に嫌われてでも営業先との飲み会を優先するとか、大体そういった特性を持ち、わりと人間としての正しさを全うしていますワタクシ、みたいな意識が強い。対して社内評価重視型は、頭で考えると非合理的な社内文化を重んじたり、仕事の内容よりも上司の機嫌を優先したりする、いわゆる現実主義者たちである。会社で出世するのは後者、充実感が強いのが前者と言ってもいい。女といえども企業に入ったら、まずは自分はどちら型であるか立場をはっきりさせると、行動に迷いがなくなる。

 で、私はどうしたかというと、仕事に関して社外評価重視型を装い、肉体的には社内評価重視型に徹する、という少々小狡い生き方を選んだ。つまり、先輩方との飲み会に積極的に参加するとかゴルフ要員として上司の機嫌とるとか、あるいは会社のお偉いさんたちにうけそうな原稿を書くとか、勤めている会社にふさわしい服装や立ち居振る舞いを心がけるとかいうことをする気にはならなかったので、「いや、取材先とアポがあるので」「いや、この書き方では先方の意図が伝わりにくいので」「いやこっちのほうが官僚のオジサン受けがいいので」とかなんか体よく、社外的な言い訳を多様して自分の心地よさを重要視していた。そこまで取材先との付き合い命!とか先方の意図命!とかオジサン受け命!と思っていなかったが、そうやって社外評価型ギャルを気取るとなんとなく正義感をもって仕事をしている気分になりつつ、だるい飲み会ゴルフやダサい服装を避けられたのだ。ちなみにこの逆をいくと、社内で上司におべっかを使い、取材先のおじさま方と寝る、というAVに出てきそうな順当な女性記者になるのだが、「上にいく」という意味で優れるその属性は、「楽をする」という観点から見るとナンセンスなのであった。

 ただし、そのように生きていると、先輩にえこひいきされにくく、上司にかわいがられにくい。ということで私は自分の麗しい肉体を武器に、セクハラ左遷リスクに性欲が勝つタイプの男性社員に気に入られてみるという作戦にうつった。当然、自分に直接的な影響のない社員に無料で手渡しするほどお安い肉体でもないので、具体的に直属の先輩だとか、付き合いの深い他の部の上司とかそういったところである。で、手始めに寝てみた30代の真面目系中堅社員は、思った以上に私に有利なように動き、上司から私を守り、庇い、何なら私のために余計な原稿を書き、私のミスやサボり癖をフォローしてくれるという最強私ってやっぱり神?っていうか、なるほど女の肉体ってこういう風に使うんだなぁみたいな状況がうまれ、ちょっと調子にのっていたわけです。

 しかし、家庭教師が途中で発情したり、女教師が放課後発情したり、妹が急にオンナになって迫ってきたり、OLがトイレでバイブウインウインいわせてオナニーしたり、道で会った制服女子が数分後にアンアン言ってたり、そういうことが日常的におこるAVの世界で生きてきた私の情報はやや偏りがあるというか、AVを参考にその男性社員の股間をちょっと休憩中にさわってみたり、みんながいる飲み会で濃厚に足で脚をツンツンナデナデしてみたり、今思えばドン引き極まりない行動をとっていたら、その社員が性の奴隷みたいになってしまい、しかもその性の奴隷っぷりをちょっと間違えて愛と見紛ってしまったらしく、結婚を迫られたりする大変面倒な事態になってしまったのであります。いや、その人既婚者子供2人だったからそのめんどくささってないと高をくくっていたのですよ。でも既婚のハードルも安々と超えちゃうなんてさすが元AV嬢っ!

 ビバわたし!

 そりゃそうだ。AVってそもそも男のわかりやすい妄想をわかりやすい映像にして皆様にお届けするものなのですから。
 
 で、既婚者が離婚しそうだわ私が赤坂のホテルで寝てる間に私の携帯見て「お前~!なんでホストみたいなやつらと海行ってるんだぁ!」とかうるさいわでちょっとうっとうしくなってきたのだが、恋の奴隷状態で相変わらず私の仕事は半分くらいやってくれるので、とりあえず月に3回くらい生理が来る体質になったことにして、私は次の実験ターゲットを、部は違えど、担当の取材先が若干かぶっている先輩にうつした。その人はバツイチで、なんというか二度目はちょっとむずかしそうと思えるほど性格が悪かった。が、性格が悪いだけに会社や上司に対してそれなりに反骨精神をもっており、私としてはその反骨精神が私への肉欲というかたちで昇華され、私と一緒に会社の荒波をうまくあざとく泳ぎぬいてくれるんじゃないかと思ったの。

 実際、一度飲みに行ったついでにお泊りしてみると、仕事の手の抜き方や同期や他社の出し抜き方を教えてくれたり、まるで悪友のように、本当は他部にもらしちゃいけない情報なんかを気軽に共有してくれた。まではいいのだが、その人、性格が悪いだけに私のこともおどしだしたというか、簡単に言うと二流のレディコミみたいに、他の男と寝たらお前の身体がどんなか言いふらしてやるとか、そういうことをややオブラートにつつんだかたちで言ってくるようになった。さらに、なんか一度寝るとちょっとこいつ自分のオンナなんじゃないかとか勘違いするタイプだったらしく、このワタクシの携帯をしょっちゅうならして「うちこいや」とか言ってくるわ、洗ってもないあそこを舐めさせようとしてくるわで、私は超絶惚れている彼氏以外にオラオラのオの字もゆるさないタイプなので、とっくに彼のことはチンコも舐めたくないほど嫌いになっていた。こういう人にAV時代の写真とか見られたら絶対だるい事態になるので、私はなんか子宮が痛いふりをしてちょっと距離を置くようになった。
 
 社内恋愛などにいそしむ素敵女子たちは、同じ会社内だと喧嘩したり別れたりしても会わなきゃいけないのがちょっとね、なんてアンニュイな表情でもらすが、私としては、俗にいう「オンナは上書き保存、オトコは名前をつけて保存」を念頭に、一度寝たオンナをオトコは見放すことができない、という法則を勝手に信じ込んでいた。だから性奴隷の先輩も脅し系の先輩も、寝た記憶が消えない限り、私のために働いてくれるはずだと思っていたのだが、社内の悪いところは、他のオトコと仲良くしていたり、他の誰かと寝たりしたことが、わりとあっさりバレるところで、しかも自分が寝たオンナが他のオトコに色目を使っていると、愛おしさは憎しみに爽やかにチェンジすることを思い出した。ころにはもう遅くて、このふたり、力になるどころかちょいちょい私の仕事のじゃまをしてくるようになった。
 
 そこで、さらに強力な味方が欲しくなった私は、同じ部のちょっとえらいオジサンの愛人風部下になってみてはどうかと企み、ちょっとした飲み会の後に、なんと自宅にそのオジサンを招き入れ、色々触ったり、甘えた声で「ウメッシュ」飲んだりしてそれに持ち込もうとしていた。なぜかなかなかそれに持ち込まないオジサン。とっととコトを終わらせて録画してたダウンタウンDX観たいわたし。私が色仕掛けをヒートアップさせると、オジサンは、意を決したように、ズボンのチャックに手をかけた。「あなたのことは、前から少し心に残っていた。社内で誰も知らないひみつを言ってもいいか?」とオジサン。え? なんか来季の人事でも教えてくれるのかとか、俺じつはオンナなんですとか言われるのかとか10秒くらいの間に私の脳裏には記者としては若干こころもとないけど精一杯の想像力でいろんなものが駆け巡った。オジサン、ちょっと涙目。え?なに?

「俺、実は昔……」

 ん? 昔話? 人でも殺したとか? この状況でそれ?

「おれ、包茎手術したんだ!」

ちょっと涙目。え?なに? シーン。いや知らないし。不衛生な手術前よりは包茎手術後に出会えてよかったし。そんな本人的には超重めのカミングアウト、そしてオジサンに特に興味のないうら若き女子にはものすごく興味のないカミングアウトされても困る。なんかそこで逃げたら、私が包茎どころかちゃんと包茎手術をしてエチケット対策バッチリの男根にすら一切の理解がない、天然ズルムケ一辺倒のオンナみたいじゃないか。ということで一応その日は愛の行為に及んだ気がするけど、大切な秘密を知ってしまった女子社員に、ピュアなオジサンは優しくしてはくれるものの、そこがイマイチ仕事と融合されず、結局なんの得にもならないが、しかしアソコだけはとてもきれいに剥けて綺麗に縫ってあるオジサンと一夜の過ちを犯しました、というだけで終わってしまった。私は再び、社内的には永遠に生理中のオンナとして過ごすことを余儀なくされたのである(後編に続く)。
 
【鈴木涼美(すずき・すずみ)】
83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。「身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論」(幻冬舎)発売中。現在は日経新聞を退社し、執筆業を中心に活動。幻冬舎plusにて「愛と子宮が混乱中 夜のオネエサンの母娘論」(http://www.gentosha.jp/articles/-/3708)を連載中
<撮影/福本邦洋 イラスト/ただりえこ>

「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか

慶応大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修了。本書がデビュー作。

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