「7年間の生産禁止」で停滞した航空機産業の復活にかけた人々

 11月11日に「初飛行」に成功した国産初のジェット旅客機・MRJ(Mitsubishi Regional Jet)は、三菱重工業が2008年に設立した三菱航空機が開発、製造を牽引してきた。これまで、日本でもっとも有名な国産飛行機といえば、真っ先に「零戦」(零式艦上戦闘機)の名を挙げる人が多かったと思われるが、零戦もまた、三菱重工業の前進である三菱内燃機製造が開発したものだ。

⇒【前編】国内初ジェット旅客機MRJに「三菱」が託したある思い



 敗戦を受け、7年にわたって「生産禁止」という縛りを受けたことは残念でならないが、もし、「空白の7年間」がなかったら、日本の航空機産業はどんな発展を遂げていたのだろうか。

「航空機は先端技術の開発であり、軍用機の大量製造も行うので相当の規模の産業になったと思われます。日本の軍用機の年間最高生産数は2万9000機。戦時中に動員された国民も含めればだが、従事者は100万人を超えていた。日本は自動車もゼロからスタートして、戦後は世界第1位にのし上がった。鉄道も新幹線などの技術開発で世界トップレベルに到達している。太平洋戦争が起こらなければという、あくまで『仮定』の話になるが、より大きな産業として発展していたのは間違いないでしょう」

 1956年、通産省の主導で小型旅客輸送機の開発計画が立ち上がる。三菱重工・川崎重工・富士重工を中心とした「オールジャパン体制」を目指して共同開発された戦後初の国産民間機は、YS-11というかたちで結実した。堀越は設計、西岡は強度試験などで参加している。海外からの受注もあり180機以上生産されたが、旅客機ビジネスの難しさと共同開発による弊害もあり、わずか10年ほどで生産を終了してしまったのも事実だ。

「通産省、経産省としては、航空機業界全体を育て上げようと3社ともに育成していく方針だった。しかし、寄り会い所帯だったため、各社の事情に左右されて迅速な決定ができない。責任の所在が不明確といった弊害が生じた。結局10年ほどで生産がストップしてしまい、民間機の開発は難しいということになってしまった。そして、日本の航空機メーカーはリスクを避けることに重きを置くスタンスにシフトしていったのです」

 YS-11の挫折で、日本メーカーによる民間機開発は長い停滞期に突入する。三菱重工は小型ビジネス機MU-2とMU-300を開発するが、赤字を出して撤退を余儀なくされる。

「YS-11の生産中止後は、日本メーカーはボーイングとの共同開発を行い、ボーイング787まで非常に高評価されるものを生み出してきました。しかし、これは下請け的な立場であり、もっと安いコストで受注する国が現れたら仕事を奪われてしまう可能性もあった。1990年前後にFSX(現・F2戦闘機)を自主開発しようと計画を進めていたが、アメリカの圧力で共同開発になった。これにより、日本メーカーは戦闘機など先端的な航空機の開発ができなくなっていった。停滞から下降線に入っていった日本の航空機産業は、今後どのように発展していくかという命題と向き合わざるを得なくなった。その結果、『やはり自主開発を目指すべきだろう』ということになり、中核を担ってきた三菱重工が中心となってやらねばならないという方向で1990年代の終わり頃から検討が始まったのです」

 一方で経産省も、このままでは日本の民間機開発の機会を永遠に失ってしまうという焦りを抱いていた。

「2002年に経産省は、YS-11の反省から『責任を持てる1社に任せる』という方針転換を行い、国が開発費の3分の1を投入する航空機開発の公募を行いました。川崎重工は哨戒機P-Xや輸送機C-Xなどで忙しく、富士重工は企業規模的にも一社で開発を担えるような陣容を抱えていなかったため、応募は三菱重工のみでした」

 後にMRJ開発の初代プロジェクト・マネージャーに就任する藤本隆史氏はその頃、JR東海のリニア新幹線のプロジェクト・マネージャーを務めていたという。

「リニア新幹線は最高時速500キロにも達するため、航空機のような先頭形状が求められる。航空機の研究は他の分野にも役立つのです。しかし裏を返せば、三菱に自主開発プロジェクトがなかったゆえの仕事とも言えるのではないでしょうか」

 旅客機ビジネスは莫大な投資が必要なため、「スポーティー・ゲーム」と呼ばれている。スリリングでギャンブル性の高い、極めてハイリスクなビジネスという意味だ。それほどのリスクを取る決断に三菱重工を導いたのは、当時の社長だった西岡だという

「ビジネスとしては非常にリスクが高いが、航空機産業の裾野や他の産業への波及効果は大変に大きい。長い目で見れば、日本メーカーも自主開発をやるしかないという決断を行ったのです。そして、彼らは現在まで突き進んできた。2008年の事業化決定の前に幹部たちにインタビューすると、多くの方が最後に『もし失敗すれば、三菱といえども屋台骨が揺らぐ』と語っていたほどです」

 先人から受け継がれてきた「国を背負う」という気概なのだろう。ただ単に技術を継承しようとするだけでは、新しい時代を切り拓くものを生み出すことはできないのかもしれない。

「欧米のメーカーは、伝統的な建築物を残しています。エアバスを造っているドイツのメッサーシュミット社を取材したときも、戦前からのレンガ造りの建物のなかで最先端の自動操縦技術『フライ・バイ・ワイヤ』の研究を行っていました。彼らはそのことに誇りを持っています。それが職人の歴史を物語るものであり、ブランドとして付加価値を持つものになるからです。ベンツのステイタスが高いのも、伝統を買っているわけです。最先端を持てはやすだけでなく、日本人はもっと伝統というものを見つめ直さないといけない」

 MRJには大いなる期待が集まっているが、グローバル市場での旅客機ビジネスを勝ち抜けるかは、やはり未知数のようだ。

「セールスポイントは性能と燃費のよさ。室内空間も従来形より広く居住性がいいことが挙げられます。しかし、性能のいい旅客機をつくれば売れるといった甘い世界ではない。問題は整備やアフターケアの迅速なサポート体制などが充分に整えられるかです。人材も急に育成することはできません。三菱は製造メーカーであり、旅客機ビジネスに必要な人材育成の経験は未知数。自衛隊機の実績はあるが、旅客機の生産とそのビジネスはまた別物。YS11から50年も経っているため、実績はないに等しいと海外から評価されてしまうのも現実なのです」

 生みの苦しみを乗り越え、近い将来、世界中の空をMRJが飛翔する姿が見られるのか? しばらくは見守る必要があるだろう。 <取材・文/日刊SPA!取材班>

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