番外編:カジノを巡る怪しき人々(8)

初日にバンク・ロールを溶かしたA氏のケース

繰り返すが、金を借りてまでして打つ博奕は、まず勝てない。

それまでに負けた金額の累積と新規の借金が二重のプレッシャーとなって、打ち手を潰すからだ。

だから、打ち手に負けて欲しいと願う人たちは、金を回す。どんどん貸す。

これが、いわゆる「回銭」だ。

忘れちゃいけない。

その昔、博徒の親方は「貸元(かしもと)」と呼ばれていたのである。

なぜか?

博奕で負け込んだ客に、どんどんと「銭を回し(貸し)た」からだった。

100万円の下げ銭(持ち込む現金のこと)の客が、賭場(どば)を出るときには、1000万円の借金を背負っている。

これが、胴元側には美味しい。

なぜ美味しいかは、本連載第二章で、よく説明したと考える。

これまで、主にマカオの事情を述べてきた。

話を、ちょっとだけラスヴェガスに戻す。

仮想のケースだ。

A氏は、東証一部上場企業の代表を務める創業者社長だった。

そもそも起業というのが、巨大なギャンブル。

ギャンブルは嫌いじゃない。

そして実業の世界で、A氏はそのギャンブルに勝ち続けた。

いや、手痛くやられたことも、もちろんある。

瀕死の状態で崖っぷちまで追い込まれながら、そこから奇跡的に生還した。

そして、ふたたび、溶岩流の勢い。

そんなA氏が、年末年始に、現地5泊6日のラスヴェガス旅行を計画する。

宿泊は、ストリップの大手ハウス・M。

それまで行ったことがないカジノだ。

ネットでの予約もできるが、面倒なのでライセンスを持つ「エージェント」に手配を頼んだ。

今回のお遊び賭博資金(BR=バンク・ロール)は、5000万円。

税関での申告(100万円以上の持ち出し・持ち込みには、税関申告が必要)をしたくないので、Mの東京「マーケッティング・オフィス」から会社に金を取りにきてもらった。

久し振りのカジノだ。

A氏のテーブルでの専攻は、BJ(ブラックジャック)である。

自分の選択(ヒットあるいはステイ)で、勝負結果が左右される。

その点に、なんとも言えない面白さを感じた。

飛行機の中で眠れなかったせいか、時差で頭を撹乱されていたゆえか、はたまた久し振りのカジノでイレ込んでしまったためか。

A氏は、滞在初日に、ハイリミット・エリアのBJ卓で、あっという間に奈落に突き落とされた。

ハウスの東京オフィスに預けた金を、すべて失ってしまったのである。

賭博資金(BR)は底をついた。

これから5泊、ギャンブルのディズニーランドみたいな場所で、どうやって時間を殺せばいいのか?

じつは、こういう悲惨なシチュエーションに遭遇しても、ほとんどの場合、心配はない。

社会的経済的信用や、それまでに(他カジノでも構わないのだが)実績がある打ち手なら、ハウスが信用貸ししてくれる。

自分から頼む必要もなかった。

多くの場合、先方(ハウス)から資金提供のオファーがある。

A氏くらいの信用がある人物のケースでは、持ち込んだBR分・5000万円なら、まず問題なく無担保・無利子で貸してくれる。

いや、もしかしたら、1億円でも2億円でも回す、との申し出があるかもしれない。

もし、VVIP(ベリー・ベリー・インポータント・パーソン)待遇を受けながらも、ラスヴェガスの大手ハウスから「信用貸し」のオファーを受けたことがない人は、

1)社会的経済的信用がない。

2)実績がない。

そのどちらか、あるいは両方であろう。

あるいは、きわめて稀な例だが、

3)負けたことがない。

タテマエではどうあれ、ラスヴェガスの大手ハウスですら、それが実情だ。

それで、下げ銭はわずかだったのに、ハコを出るとき、ハマコーは5億円の借金を背負っていた(笑)。

まして、マカオとなると……。

ロール・オーヴァーを増やす裏ワザ

「部屋持ち」大手ジャンケット業者は、うわべはどうあれ本心では客が「負ける」ことを望んでも、「ロール・オーヴァー」のパーセンテージでシノギするサブ・ジャンケット以下は、当然にも客が勝つことを願う。

1)勝てば、回す金額「ロール・オーヴァー」が巨大化する。したがって、自分への実入りが増える。

2)勝った客は、つづく。負けてばかりいる客は、つづかない。

3)そして、カジノ賭博の打ち手とは、必ず「勝利した経験」がある場に戻ってくる。

以上の理由によって、サブ・ジャンケット以下は、客が大勝することを切望する。「勝つor負ける」事は、ジャンケット事業者の報酬には、全く影響がありません、って、ご冗談を(笑)。

と前述した。

じつはこの主張は、すべてがすべて正しいわけではない。

論旨をわかりやすくさせるため、単純化した定式だった。

もちろんマカオの「部屋持ち」大手ジャンケット業者(=VIPルーム・プロモーター)は、負け込んだ客にどんどんと金を回す。つまり、「回銭」する。

VIPルーム・プロモーター(=大手ジャンケット業者)は、負けた客に金を貸さない、などと事情に疎くかつ経験に乏しい人たちから突っ込まれそうだが、直接貸してくれない場合でも、系列の金融業者を紹介してくれる。まあ、同じことだろう。

さて、サブ・ジャンケット以下は、客が大勝することを切望する、と書いた。

これは、部分的真実しか含まない表現である。

ロール・オーヴァーのパーセンテージ契約となるサブ・ジャンケット以下の業者の実入りは、たしかに客に大勝してもらったほうが、増える。これは、数学的必然。

ところが、サブ・ジャンケット以下が、負け込んだ客のロール・オーヴァーを増やす裏ワザも、また存在するのである。

「回銭」だ。

回収可能と考える客には、どんどんと銭を回す。

2011年6月、7月に、マカオで「井川のアホぼん」についていた日本のあるジャンケット業者は、およそ9億円の「焦げつき」を出した、とマカオの事情通は噂する。その後、いろいろあったらしく、実質的な損失は1億5000万円まで減ったそうだ。

なぜ、ジャンケット業者が、9億円もの「焦げつき」を出したのか?

きっと、客に対して「回銭」したからだったのだろう、とわたしは妄想する。

(つづく)
⇒番外編:カジノを巡る怪しき人々(9)「不思議な履歴書(笑)」

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。