番外編その3:「負け逃げ」の研究(9)

 ところが、モーピン(1か2か3)のカードの方を絞っているときに、

「サム」

 と、お隣りの卓からの掛け声。

 あっさりと呼び込まれ、そのカードは3でした。

 そして、サンピン(6か7か8)の方のカードを絞っているときには、

「チヤッ」

 の掛け声。

 やっぱり7でした。

 3プラス7で、ゼロの持ち点。

 やばそー。

 それでもバンカー側には、3枚目のカードがある。

 セカンド・チャンスだ。

 気合いを入れて絞り始めると、お隣りの卓から、

「コンッ」

 はい、絵札でした。

 ジャンケット・ランナーによる悪意なき呼び込みにすっかりと呼び込まれ、1万HKDチップ三枚の45万円相当をあっさりと転がされた。

 笑うところじゃないかもしれないけれど、やっぱり苦笑する。

 このとき、わたしは自分の集中が途切れた、と自覚した。

 このまま打ち続けても、地獄を見るだけだろう。

 博奕(ばくち)は、切り上げ時。

「カラー・チェンジ、プリーズ」

 カラー・アップされて戻されたキャッシュ・チップには、四枚のオレンジ色があった。

 この朝は20万HKD(300万円)のバイ・インで打ち始めていたのだから、まだ20万HKD以上勝っている。

 前日、別のハウスで、教祖さまがいる卓での勝利が15万HKD超。

 合わせれば二日間で、36万HKD(560万円)の勝利である。

 飲み喰いはすべてハウス持ち、高層階の眺めのいい150平米のスイートに泊めてもらい、裏になったカードをひっくり返すだけで、280万円の日給。おまけに午前7時前には勤務終了。

 こんな商売、あるのか(笑)?

 実際そんな商売はあるのだけれど、日給がマイナスの280万円となってしまう場合もあるのである。

 いや、ネガティヴの500万円、1000万円なんてのも珍しい例じゃない。

 大王製紙の元会長なんてお方は、懲りもせずに日給マイナス3億円をつづけていたことがあったそうだから(笑)。

 それゆえ、欲をかかない。

 浮いているうちに、席を立つ。

 そして、それを繰り返す。

 でも、なにものにも代えがたいほど、博奕は楽しい。

 スリリングでエキサイティングである。

 その楽しさに、流されてしまう。

 勝っていれば、夢を見る。

 負け始めても、ずるずると未練がましく、卓に坐りつづける。

 でも、そもそもなんのために博奕を打っているのか?

 人によって、その回答が異なるかもしれない。

 わたしの場合は、明解だ。

 他人のおカネを自分のものとするためである(笑)。

 目的や本質を忘れちゃいけない。

      *         *         *

 博奕を切り上げ、朝食は、VIPフロアの小食堂。

 もちろん、お粥だった。

 お粥の上に、揚げた豆腐とニンニク・チップを大量に載せていただく。

 ウエイトレスが退屈そうにしていたので、ついでに蝦(えび)・蟹(かに)・鮑(あわび)の点心を3皿追加。

 こうなってくると、午前7時であろうとも、

「喜力(=ハイネッケンのこと)も3本ね」

 となってしまう。

 アルコール依存者たるわたしの悪い癖である。

 でも、本日の「勤務」はすでに終了した(と、この時は思っていた)。

 労働後のビールが、腹に沁みる。

 あとは上階のスパで、180分間のマッサージを受けながら、心地よい眠りにつく(と、この時は思っていた)。

 ここのマッサージは上手な人が揃っている。

「(と、この時は思っていた)」を繰り返して書いたのだから、以降の展開は恐ろしいこととなってしまうのか(笑)。

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(10)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。