番外編:カジノを巡る怪しき人々(7)

「勝ち負け折半」の契約

――(部屋持ち)大手ジャンケット業者は、勝ち負け折半。

 とするわたしの説を否定した「日本で数少ないカジノの専門研究者」は、わたしに反論され、あと出しじゃんけんのごとく、

「それは、(ジャンケット事業者ではなくて)VIPルーム・プロモーターだ」

 と、慌てて指摘した。

 それも、2007年に発表された、たった一本のアカデミック・ペーパーを根拠として(笑)。

 おそらくマカオにおける現在の「ジャンケットのシステム」を、まったく理解していなかったのではなかったか。

 反論されてから一所懸命検索した。そんな匂いがぷんぷん。

 まあ、その努力だけは評価してやれるが(笑)。

 でも、法人上の登記名はどうあれ、「VIPルーム・プロモーター」って、現在ではすべて大手のジャンケット事業者なの(大笑)。そんなの、2006年にすでに指摘されている。

However, it is important to note that concession holders, VIP operators and other parties can, and often do, act as junkets as well, should they have the necessary network of clients. Participants in the Macau market often wear more than one hat.

http://www.asgam.com/article.php?id_article=1243

 それとも、なにか?

 三井住友フィナンシャル・グループが契約したものだから、三井住友銀行は無関係、とでも「ターン・オーヴァー」と「ロール・オーヴァー」の見境もつかない「日本で数少ないカジノの専門研究者」は主張したかったのか。

 素晴らしい、論理である(笑)。

 マカオで、190ほど出されているジャンケット・オペレーター・ライセンスを有するものの中でも大手数十社が、現在では「VIPルーム・プロモーター」としてハウスと契約する。ただし、この数字は変動が激しい。

 英語表記となるが、

Neptune Group Ltd (0070.HK),、Dore Holdings Ltd (0628.HK) 、 Asia Entertainment and Resources Ltd (AERL) (AERL.O).

 などの大手ジャンケット事業者は、香港の資本市場に上場されている。

 前述した理由によって、ロイター通信は、

“ VIP junket operators, also known as VIP room promoters”
(VIPルーム・プロモーターとしても知られるVIPジャンケット・オペレーター)

 と表記し配信する。

 一般にマカオでは、「VIPルーム・プロモーター」と「ジャンケット事業者」を総称して「ジャンケット」と呼ぶ。実質的に、同じものだからである。

 ロイター通信の経済部記者あたりですら知っている「カジノ業界の基礎知識」を(多分、検索の末も)欠いた人間が、「日本で数少ないカジノの専門研究者」と称する。どうやら日本では、ちょっと目端(めはし)の利いた人間なら、誰でも「カジノの専門研究者」に明日からでもなれそうだな(笑)。

「上がり」からの分割契約を結ぶ(あるいは、結べるだけの力を持つ)大口客を多数抱えた上記のような大手業者だと、その取り分は、たとえば55:45といった具合に増える。

 しかしマカオでは、「ジャンケット・ルームからの上がり」を分割する、ハウスと「部屋持ち」大手ジャンケット業者(=VIPルーム・プロモーター)との契約では、「勝ち負け折半」が原則となる。

 客が負ければその分は50%ずつ取り、勝って帰ればその被害も半々に分ける、という仕組みである。

 ただし、すべての経費はジャンケット業者が持つし、また部屋を構える際の「供託金」も、膨大なものをハウス側に提供する。

 部屋を構える際の「供託金」の額は、ここ数年のマカオで大きく変遷した。

 一時、マカオの大手ハウス内にジャンケット業者が自前の部屋を持つためには、30億円以上の準備が必要だ、と言われたものだ。

 メガ・カジノの続々のオープンもあり、ジャンケットを数多く抱えたいハウス間の競争が激化、現在では裏ワザ(フロアを分割する方法)を使えば、5億円くらいから「部屋持ち」を始められるらしい。

 ジャンケット業者にライセンスを与える機関は、マカオ政庁の「博彩監察協調局(The Gaming Inspection and Coordination Bureau)」だ。

 ここが、専権事項として申請する業者を選別した。

 その昔なら業者選別の過程で大金が動いたものだが、現在では北米やイギリスのカジノ(ゲーミング)・コントロール・ボードを見習い、ほぼ完全に透明化されている。

 しかし、大金でライセンスが買えるという過去があったので、その昔にライセンスを得たジャンケット業者には、たとえば日本の広域指定暴力団・某組の関連会社といったようないかがわしい連中も、混じっていた。

 ほんの10年ほど前までのLに存在した日本の部屋持ちジャンケット・Mは、登記上はどうあれ、実質上、某組関係者・Sが仕切っていたことを知らない「事情通」など、おそらくこの業界におるまい。

 そういえば中曽根康弘・元総理大臣の「影のフィクサー」と呼ばれたTは、Mの常連で、Sのことをずい分可愛がってたよなあああ(笑)。

利害の糸が複雑に絡み合う

 前述したが、「部屋持ち」大手ジャンケット業者(=VIPルーム・プロモーター)は、中小のジャンケット業者と「下請け」契約を結んだ。

 サブ・サブ・ジャンケットあたりまでいくと、もうマカオ政庁「博彩監察協調局」の眼が届かない。

 客さえ掴んでいれば、事実上誰でもサブ・サブ・ジャンケット以下の業者になれた。

 サブ・サブ・ジャンケットの業者は、より零細な業者と、サブ・サブ・サブ・ジャンケットの契約を結ぶ。そのうえサブ・サブ・サブ・ジャンケットの業者は、さらに零細な業者と……。

 大金持ちの顧客を2人だけ抱えているジャンケット業者なんてのまで、わたしは知っている。

 もっとも、この業者が抱えていた顧客は、2人ともシンガポール在住だったから、RWS(リゾート・ワールド・セントーサ)とMBS(マリーナベイ・サンズ)のシンガポール開業(2010年)があり、おそらく潰れてしまったのだろう。今回の「取材旅行」では、コンタクトが取れなかった。

 ちなみに、MBSは、背任が発覚する直前の「井川のアホぼん」が、足繁く通ったハコでもある。

 話を戻すと、マカオでのサブ・サブ・ジャンケット、およびそれ以下のジャンケット業者は、該当カジノに口座を開き(あるいは、口座を借り)、その勝ち負けの清算と経費の精算を毎月25日か30日におこなえばいいだけだ。

 ライセンスもいらない。

 客が大きく回して(ローリングして)くれさえしたら、開業資金もいらない。

(つづく)
⇒番外編:カジノを巡る怪しき人々(8)「初日にバンク・ロールを溶かしたA氏のケース」

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。