第218回

6月7日「虫好きじゃない方ごめんなさい」

・今年は特にあじさいが綺麗ですね。ところがそういう場所に近付くと、緑色の砂嵐のようなものに包まれてしまうことがある。黄色い服を着ている人は特に注意。「アリマキ(アブラムシ)」という昆虫である。

・関東圏全体で大発生しているらしい。市街地にも進出していて、今日などは中野駅ホーム全体が煙って見えるほどの状態だった。黄色にむらがる習性があり、総武線の電車がすっかり緑色になってしまっていた。映画『バグズ・ライフ』ではアリたちのペットとして出演していた虫だ。アリに体液をなめさせる代わりに、天敵から守ってもらうのである。他にもすごく面白い習性をいっぱい持っているので、夏休みの宿題のテーマにぴったりだと思う。

・両性生殖つまり卵を生むだけでなく、いつでも単性生殖つまり体を分裂してクローンを生み出すことができる。主にバラ科の植物から汁を吸う害虫なのだけど、殺虫剤で大量に退治しても、それに耐えて生き残った個体がクローン分裂していきなり増える。そいつらにはもうその薬は効かない、というわけである。だからいくら人間が科学の力で立ち向かっても完全退治は無理なのである。

・しかし今はこいつらに続いて「てんとう虫」が大量発生し始めている。幼虫成虫ともにアリマキの天敵である。まもなく、アリマキの嵐はおさまるはずだ。自然界はよくできている。

6月8日「電車事故に備える」

・電車に乗る時どの位置がいちばん安全か、という話を最近良く聞くでしょう? その論議に対して、これはきわめつけなのではという記述を発見した。

・推理作家・由良三郎氏のエッセイ集『ミステリーを科学したら』(文春文庫)の「用心」という文章。哲学者で横浜市立大の元学長・三枝博音氏のエピソードである。この人は「通勤の電車に乗るときは、決して一番先頭の車両には乗らない。もちろん衝突を避けるからだ」「最後尾の車両にも乗らない。こちらは追突の危険があるから」「座席はいくら空いていても坐らない。万一の事故の時に放り出されて怪我をする恐れがあるからだ」と言っていたそうだ。じゃあどうしているかというと「真ん中の白い棒に掴まって立っている」ということ。

・つまり日本を代表する学者さんが導き出した最も安全な電車の乗り方がこれだということである。話はここで終わらない。この三枝氏が、国電の鶴見事故に遭遇しているのだ。貨車が脱線し、くの字形に曲がって突出した部分が並行して走っていた列車の真ん中に激突したという事故。それに乗り合わせていた三枝氏は、おそらく中程の車両の、真ん中の棒に掴まった状態で、亡くなってしまわれたという。

6月17日「そんな事より」

・「吉野家コピペ」の原作者として有名な新爆さんに会い、小一時間話す。この人のウェッブ日記は相変わらず面白い。

・ちょっとマジに言うと、今のメディア界におけるアマとプロの境界が見えて、すごく面白かった。「すごいアマ」が「だめなプロ」を駆逐していく。そういう時代になっていくと思っている。それがまず、文章の世界に顕れてきている。

・この模様は『ゲームラボ』に、そのうち書きます。ところで新爆さんは「ねぎだく」を食べたことがないらしい。

2006.02.10 |  第211回~

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。