第220回

6月29日「クールビズ」

・僕は一年中冬服なので暑くないですかとよく聞かれるが、ある温度以上になると服着こんでる方が涼しいのである。みんな試さないからわからないのだ。

・冷房を一切していない部屋で次々と蝶が羽化していく。オオトラフコガネは半年先ペースの体長に達していて、もう蛹化してしまうかもしれない。気温に比例して成長サイクルが早くなるのが面白い。クワガタはひっくり返っていたので死んでるのかと思ったらあまりの暑さに「夏眠」していたのだった。

6月30日「ひきこもり中年におすすめ」

・ジャンクハンター吉田氏から勧めて頂き『NOTHING』を見た。『CUBE』のヴィンチェンゾ・ナタリ監督が、またとんでもない一発アイデアで作り上げたインパクト映画(公開は秋)。

・社会不適格者の中年二人組、デイブとアンドリューは一軒の家をシェアして、力を合わせてなんとかかんとか暮らしていた。ところがある日それぞれ犯罪容疑をかけられ、おまけに家は壊されることになった。パニックに陥った2人が思わず「ほっといてよ」と叫ぶと、世界の全てが消えてしまう。白一色の世界の中で二人は生き続ける。

・そこが楽園なのかどうかを議論するシーンが良い。いろんなことがいきづまって、どんづまって、世界の全てを消してしまうか自分一人を消してしまうか迷い、どっちでも同じことだと気付いてしまうような人って、今すごくたくさんいるような気がする。それも10代や20代じゃなくて、30代や40代に。

7月8日「誤訳問題」

・『エピソード3』は、何度も観るんだったら吹き替え版もお薦めです。すいてるし。

・さて最近、台詞の翻訳の正確さについての論議が盛んだけど、異文化の言語を逐一形式で訳すことは不可能だと僕は思う。翻訳を委ねる以上、その人間にある種の創作性を許さないわけにはいかないのである。「異文化」というものはゆるく見てゆるく解釈していかないと、教科書問題のようなことになる。

・ビデオデッキすらない時代にテレビで吹き替え洋画をたくさん見ていた世代としては、戸田さんの翻訳なんかまだ正確な方だと思うよ。特に70年代のB級映画は弾けっぷりが痛快で、ストーリーまで一部ねじまがっちまったようなのも結構あった。劇場公開版とテレビ放映版を比較する作業はなかなか楽しかったものだ。古い映画のDVD版に狂喜乱舞してしまうのは、それが簡単にできるからだ。

・一例。最近チャールズ・ブロンソンのDVDボックスを手に入れた。この中に『狼よさらば』(原題『DEATH WISH』)という映画がある。ブロンソン演じる中年サラリーマンがある事件をきっかけに悪人を暗殺するハンターになるという話なんだけど、オリジナルには狼なんて言葉、ちっともでてこない。

・ところが後半、自分に銃弾を放った暴漢達を追いかけ一人ずつ撃ち殺していく彼が、遂に最後の一人を追いつめたシーンでの一言……。
原語「Fill your hand(銃を持て)」
吹き替え「狼よさらば」
 吹き替え版の唐突感といったら、ない。ぼろぼろになりながら執拗に犯人を追いつめた主人公が、いきなり「狼よさらば」。狼って誰? 犯人のこと?
 そしてシーン変わって、病院のベッドに伏しているサラリーマンを逮捕せずに、あえて密かに見逃そうとしている刑事が彼にこう言う。
原語「Are we connecting?(わかったかね?)」
吹き替え「我々も言いたい。狼よさらば、とな」

 ……『狼よさらば』って言わせたいだけじゃん!

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。