第234回

10月17日「そろそろパソコンいらなくなる?」

・結局仕事もなく手ぶらで島に行った。10日間何もせず寝ていた。いや正確には手ぶらではなくケータイ持ってたし、何もしなかったわけじゃくて電波も来てないケータイでかちかち遊んでた。でも集中できるわけはないので、今後、自分の小説に登場させる人物の名前を考えたりしていた。こういう作業はその都度やるのではなく一生分を一度にやってしまっといた方が効率的なのである。

・たらたら書いたり読んだりしてるうちに、ケータイ画面の魅力を再確認することができた。来年はケータイ向けに書こうかなと思った(ところでウィンドウズ搭載ケータイも出るんですね、100ドルPCなんていらないんじゃないかなあ?)。

10月18日「サンプリング問題とは」

・旧知の音楽プロデューサー氏と飲みに。ちょうど「10年前にアメリカで起きたサンプリング問題」というものについて業界人に話を聞きたかった。

・これはちゃんと文書化されていない。記録が残っていないのである。正確には20年近く前のことらしい。インディーズからハウス系のミュージシャンが台頭してきて、メジャーのセールスを凌駕するほどにまでなってしまっていた頃。彼らが勝手に使っていたサンプリング音源の権利処理をどうするか、ということが大問題になっていた。既に世に出ている楽曲に全て規定の著作権料を課すとしたらこのジャンルでは破産するミュージシャン続出である。また前もって申請して許諾が出たものだけを活用する形では、一曲を作るのに何年もかかりかねない(というかそれではこの手の創作活動は不可能である)。

・結論を先にいうと「おたがい様」という形でここらへんはナアナアにしようということになったらしいのである。つまり、いちいち確認せずに後から報告して支払いを起こす形でOK、と。それも、非常に安い値段で処理できる、ということに。この超法規的な設定は大手レコード会社の重要人物が集まることによっていとも簡単に決まったという。当時のレコード会社は強者数社がはっきりしていて、そこにいる大物ほんの数人が白と言ったら黒いものでも白となる、という状況だったからだ。

・もちろん日本でもこのルールに(曖昧な取り決めにより)則ることになった。サンプリングやリミックスという作業にクリエイティビティーを認めた瞬間である。今にして思えば本当に素晴らしい取り決めである。大げさだがメジャーのレコード会社がデジタル化に持ちこたえたのは、この英断のおかげとも言えるだろう。

・ただし、このあまりにも幸福な解決によって、本当の問題が先に持ち越されてしまったとも言えるのである。ナアナアで済んでしまったが故に、例えば法改正に迫るなどの苦労をする必要がなかったわけである。

・しかしこの状態が永遠に続くわけはない。今このタイミングに、著作権の意味を根本から考え直すべきだろう。さらにそれぞれの企業は、新しい知的資産体系に依拠するビジネスモデルの確立を図っていくべきなのだ。

10月19日「ハエの群れ見て逃げ出す神父」

・『悪魔の棲む家』試写。1979年作品のリメイク。『悪魔のいけにえ』(『テキサス・チェーンソー』)をリメイクしたプロデュース・チームによるもので、70年代ホラーの独特の下品さをさらに強調してみせている。ストーリーは、呪いが染みついた家に住み始めた一家の体験を描写するだけの、とてもシンプルなもの。正体のわからないものの恐怖という点で、最近のJホラーの影響が見受けられるシーンも多い。

・アメリカのホラー映画は「家」をテーマにしたものがとても多い。日本人から見たらさっさと逃げ出してしまえばいいのに、と思うことしきりだが、むこうでは家とはそんなに簡単なものではないらしい。外に出ても仲の良いご近所さんにすぐ会えるわけではなく、むしろ幽霊より怖い犯罪者がいるかもしれないのである。

・ただし日本でもひきこもり生活を続けている人達にはこういう話にも感情移入できるかもしれない。ただし、被害者ではなく殺人鬼の方に。『テキサス・チェーンソー』もこの映画も、ひきこもりの逆襲ないし暴走の話として見ればすげー納得できる。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。