モーレツ社員を否定された日本人は何を目標に働けばいいのか?

安倍首相の「モーレツ社員」否定発言

<文/佐藤芳直 連載第1回>



 安倍晋三首相は9月2日、内閣官房に設けた「働き方改革実現推進室」の開所式で、「長時間労働を自慢する社会を変えていく。かつての“モーレツ社員”、そういう考え方自体が否定される日本にしていきたい」と意欲を示した。これは大きな間違いではないと思う。だが、あの発言は安倍首相にしては短絡的な発言だったのではないだろうか。なぜなら、“時間”という量だけを問題にしてしまうと、「では、働かない社会がいいのか」という議論にぶつかってしまうからだ。

マルクスにも学ぶべきところがあった


 ところで私はマルクス(1818~1883年)が嫌いである。マルクス主義、共産主義的発想というのは、私の中では嫌悪する対象だった。だから、私は学生時代、マルクス経済学から近代経済学に講義の選択を変えた。ところが社会人になって数年経った時に、ちょっとマルクスの本を読み直してみようと思い立って読み直してみると、一つの文章に出会った。

「時間は人間の発達の場であり、いかなる自由な時間ももたないもの、睡眠 や食事などによる単なる生理的な中断を省いて、その全生涯が資本家のための労働に吸い取られている人間は、役畜にも劣る。」(『賃銀・価格および利潤』)

 私がこの言葉を発見したのは、たぶん27歳くらいのときである。「時間は人間の発達の場」――なんだ、マルクスもいいこと言ってんじゃないか、「いかなる自由な時間ももたないもの」――つまり、資本家・経営者によってこき使われ、「寝ている時間や食事の時間を省いて、その全生涯が経営者のために吸い取られる人間は、馬や牛にも劣る」と書いているわけである。

出光佐三の『マルクスが日本に生れていたら』


 出光興産の創業者である出光佐三さんの、『マルクスが日本に生れていたら』、マルクスはどんな論理展開をしただろう、という名著がある。その本ですごく印象に残ったのは、次のようなことだ。

 マルクスという人間は、経営者つまり資本家を信じることができなかった。なぜならば、ロシアやヨーロッパの封建時代のように、大地主が農民を使役して、生きる意味は与えない、そういった過去に生きてきた人間は、資本家なんか信頼できるはずない。でも日本の資本家は違う。日本の資本家・経営者は、基本的には社員を成長させることによって企業を存続させる。したがって、「時間は人間の発達の場である」、そのことを日本の経営者はよく理解している。

 マルクスの考え方は1840~60年代のヨーロッパでのものである。私は出光さんのこの本を読んで、その通りだと思った。

 しかし、である。果たして今の日本を下敷きにしたときに、「時間は人間の発達の場」であると言えるような働き方をしている者がどの程度いるだろうか?

非正規雇用社員、派遣社員とブラック企業の増加


 労働者派遣法の改正によって、“ブラック”という言葉が普通に使われるようになった。非正規雇用社員で10時間働いても、月収が8万、10万、12万円という人たちも存在する。非正規雇用社員の平均月収は約14万円(平成26年分民間給与実態統計調査)であるが、健康で文化的な生活を送る限度を越えていると思う。

 だが、非正規雇用社員、派遣社員というのは、厳しい言い方をするが、その人間の人生の選択である。普通に考えて、企業の経営環境が厳しくなった時に、非正規雇用社員が真っ先に首を切られるのは当然のことである。そんなこと思わなかった、というのは、人生の考え方が甘い。

 一方で、1兆円、2兆円留保利益を出している会社が、経済環境が悪くなったからと言って、非正規雇用社員をバッサリ切る世の中が正しいとも思わない。どこかがズレている。では、何がズレているのだろうか? 私は、「グローバリズムという考え方に則った経営」に主たる原因があると思う。

“働き甲斐”、“人間の尊厳”、“誇り”をどのように作っていくのか


 私の本業は経営コンサルタントだが、今まで4000社近くコンサルティングをさせていただいてきた。コンサルティングの際の私の目標はたった一つ、「この会社で働く人は、この会社がどうなれば、“誇り”を持って働くことができるのか」、この一点である。それ以外は昔からあまり興味がない。

 事業規模が大きくなれば“誇り”が持てるのかといえば、そうではないだろう。給与が増えれば“誇り”が持てるのか、そうでもない。「どうなれば、この会社の社員は自らの仕事に“誇り”が持てるのか」、そしてその一点のために経営がある、と私は思っている。会社の社員のための“誇り”ということを横に置いて物事を発想すると大きく間違う。「この会社の社員は、この会社がどうなれば“誇り”を持てるようになれるか」という視点で経営をしていくとほぼ間違わないと思う。そこで、「何がその会社の“誇り”か」ということをいつも考えるわけであるが、自らの仕事に本当に“誇り”をもてるかどうか、これが“人間の尊厳”だと思う。

 大切なのは、実は、「何時間働くか」ではなく、“働き甲斐”と“誇り”をもって、仕事に邁進できるような社会を作ろう、ということではないだろうか。今、私たちの社会は、“働き甲斐”、“人間の尊厳”、“誇り”、というものをどのように作っていくのか、という課題にぶつかっている。

【佐藤芳直(さとう・よしなお)】
S・Yワークス代表取締役。1958年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、船井総合研究所に入社。以降、コンサルティングの第一線で活躍し、多くの一流企業を生み出した。2006年同社常務取締役を退任、株式会社S・Yワークスを創業。著書に『日本はこうして世界から信頼される国となった』『役割 なぜ、人は働くのか』(以上、プレジデント社)、『一流になりなさい。それには一流だと思い込むことだ。 舩井幸雄の60の言葉』(マガジンハウス)ほか。

<写真/tokyoform

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