トランプ候補への支持、イギリスのEU離脱が示したグローバリズムの限界

破綻に向かうグローバリズム

<文/佐藤芳直 連載第2回>

アメリカ大統領選の共和党候補ドナルド・トランプ氏

 私は経営コンサルタントで、別に哲学に学んだわけでも文学に学んだわけでもない。しかし、経営というものを見るときに、今もっとも大事なことは、最低でも30年間、自分が確信してそれに身をささげることができる確固たる哲学を持つことが大事なのではないか、そのように思うわけである。  価値観の揺らぎという言い方があるが、今揺らいでいるのは価値観ではない。哲学である。しかも、その哲学の何が揺らいでいるかというと、人間の尊厳、それを高める為の社会とはどういう社会か、その考え方が強く揺らいでいる。  それがなぜ揺らいできたかといえば、急激にこの20年間で進み、破綻をきたしているグローバリズムにある。だが、グローバリズムというものが破綻に瀕している、いや、もう破綻しているということは、冷静に考えれば、論理的に考えれば、当たり前のことである。  我々も思っている、このままでは行き詰るのではないか。分かっているが手が打てない。なぜならば、“グローバリズムという哲学”は、この地球上に登場して、500年は経つからである。500年間、我々がすがってきた価値観を、そう簡単に脱ぎ捨てることはできない。それが限界だと言われても、では、どこに向かえばいいのか分からない。

グローバリズムの先鞭を付けた大航海時代

 “グローバリズム”という言葉は、時代の変革の度に出てきた言葉である。例えば大航海時代、これはグローバリズムである。  グローバリズムの先鞭を付けたのは、1492年のコロンブスによるアメリカ大陸の発見である。つまり、まったく兵力もお金も使うことなく、ただで手に入れることができる金、銀、銅などの財、あるいは労働力、そして土地、それらがまだ地球上にあるんだ、ということにヨーロッパの人々は気づいた。それから大航海時代という、いわゆる植民地主義が活発になっていった。これが15世紀末~17世紀にかけてのグローバリズムであった。  次にグローバリズムという言葉が出てくるのは、産業革命が進行する18世紀半ば~19世紀にかけてである。産業革命によって大量生産が可能になり、モノがあまる。するとこれを売る場所が必要になってくる。それを売るためには、やはり植民地をつくって、他の国を制圧しながらそこを市場にしていくのが一番いい。というわけで植民地主義が活発になるわけであるが、これもグローバリズムである。  19世紀の中盤、アメリカでもグローバリズムという言葉が出てくる。アメリカは東から開拓が進み、アメリカという国家ができるのが1776年である。そこから西へ西へと開拓を進めていき、新しい領土を拡大し、メキシコとの戦争の結果、1848年にカリフォルニア州が割譲され、太平洋にたどり着く。この西へ西へと開拓して未開のインディアンを滅ぼしていくやり方を、マニフェスト・デスティニーとアメリカ人は呼んだ。マニフェストという言葉は「明白な」という意味である。デスティニーは「運命」。転じて「天から与えられた宿命」という意味となる。アメリカ人にとって西部開拓は天から与えられた使命だった。しかし、西海岸までたどり着いて気づいた。「もうないじゃないか」  ところが、目の前の太平洋の、その遥か西には当時のシナ大陸があった。そうか、これからは太平洋を自分たちの庭にしなければいけない、という考え方からアメリカのグローバリズムは始まったのである。

トランプ候補への支持、イギリスのEU離脱が示したグローバリズムの限界

 だが、現在、そのアメリカで、そしてヨーロッパで、グローバリズムの限界が表出している。アメリカでは、米大統領候補のトランプ氏が大統領になる可能性が40数%ある。トランプ氏が大統領になるかもしれないと昨年の今頃言っていれば、「あいつはバカだね」と言われたかもしれない。「あれは泡沫候補だよ」と言われたかもしれない。しかし、実は昨年の時点で、トランプ氏への追い風が吹き始めていた。そのことを私は以前、「トランプを押し上げた『NYで消されたクリスマス』現象」で述べた。現在、もはやトランプ氏が大統領になる可能性を笑う人はいない。  では、トランプ氏が何を言っているかと言えば、一言でいえば、一国繁栄主義を掲げている。いいじゃないか、アメリカだけが栄えたらいいんだ、なんで東洋の日本に軍隊を集中して派遣しなければいけないんだ。なぜ、朝鮮半島の平和のために、米軍が駐留しなければいけないのか。なぜグアムにあれだけの大軍を置かなければいけないのか。第七艦隊という金食い虫である艦隊は、アジアの平和のために存在しているといっても過言ではない。そんなバカなことはしないでアメリカ人の福祉にもっと役立てたらいいじゃないか。移民? とんでもない話だ、メキシコからの移民が低賃金で働くから、アメリカ人労働者が割を食う。メキシコの国境には壁を立てよ。その壁を立てるのは、メキシコが建てるべき、金もメキシコが出すべきだ。  天下の暴論ではあるが、アメリカの国民はそれに対して、40数%の人が、危ないなと思いながらも、そうだ!  と言っているのである。世界の警察と言われていたころのアメリカからは考えられないという論評があるが、どこの国も世界の警察なんて考えていない。自分の国を守ることに必死だ。それが今である。そこに出てきたのがトランプ氏だと思う。  また、イギリスがなぜEUから離脱したのか。6月のあの日、あの時間まで私は離脱するとは露ほども思っていなかったが、国民投票の結果を伝えるニュースを見て仰天した。どういうバカな判断をすればこういうことになるのかと思った。  しかし、それは歴史的な文脈で見ればバカなことではない。グローバリズムの限界、例えば、移民を受け入れるかどうか、これはグローバリズムの中でも非常に重要な問題である。そのことで、ヨーロッパの国々が、非常に混迷と困窮と不安の中にいる。その現実を目の前につきつけられたときに、特に大英帝国の興亡を知っている年代のお年寄りたちは、いいじゃないか、なんでEUなんかに入ってほかの国の面倒を見たり移民の受け入れなど考えなければならないのか。イギリスが繁栄したらいいのだ、とトランプ氏の支持者とまったく同じ文脈からイギリスはEUを離脱したのである。  EUというのはまさにグローバリズムの象徴的な組織だったわけだが、イギリスというある意味ドイツと肩を並べる国家が離脱したのだから、EUというのは長期的に瓦解の方向に行かざるを得ないだろう。  このようなさまざまな出来事がグローバリズムの限界ということを指し示している。 【佐藤芳直(さとう・よしなお)】 S・Yワークス代表取締役。1958年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、船井総合研究所に入社。以降、コンサルティングの第一線で活躍し、多くの一流企業を生み出した。2006年同社常務取締役を退任、株式会社S・Yワークスを創業。著書に『日本はこうして世界から信頼される国となった』『役割 なぜ、人は働くのか』(以上、プレジデント社)、『一流になりなさい。それには一流だと思い込むことだ。 舩井幸雄の60の言葉』(マガジンハウス)ほか。 <写真/Michael Vadon
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